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雲のように…月のように…

雲のように飄々と…月のように夜道を照らし…

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美学

前回、揉め事の記事を書きました。
その時の若者たちを見て感じた事なのですが、『美学』という物を持ち合わせてはいないのだろうか・・・。私は基本的に男女を差別視する事はございません。しかし、ある程度の区別はしております。性別による違いまでもを否定する事は、間違っていると思うのです。

この世に性別が2種類あるのは仕方が無い事でございます。それを踏まえた上で、男には『男らしさ』、女には『女らしさ』というものが、とても大切なものだと考えております。それ以前に『人として』という部分が一番大切だという事は言うまでもありません。ジェンダーフリーなんて馬鹿げた事を言い出す、田嶋陽子みたいな者もおりますが、どっかの島にでも行って勝手にやれば良いと思っております。

さて男女の『らしさ』についてですが、やはり人それぞれに感覚の違いがあると存じております。一般論では無く、あくまでも私の主観でお話したいと思います。意見の違う方も多数おられるとは思うのですが、ひとつ広い心でお読み下さい。そして、女性の心理については特に自信がありませんのでどうかご理解を・・・m(__)m

一つ目に私の思う『男らしさ』とは『守る者』であれ、という事です。守る対象は、愛する人であったり、家族、仲間、仕事、理想・・・etc、様々なものであります。自分にとって大切なものを守るという行為には、当然のように強さが必要になってまいります。肉体的にも精神的にもヘナチョコな人間が、何かを守れるなんて全くの寝言であります。

肉体も精神も両方強いのが理想ではありますが、私的には精神の強さの方が若干大切と考えております。喧嘩が弱かろうが、痛い目に遭おうが『絶対に折れない心』、これは美しい物であります。しかし、大切な人を暴漢などから守る場合には『折れない心』も大した役には立ちません。そういった際には、肉体的な強さが物を言います。やはりどちらもある程度は必要なのでしょう。

二つ目には『与える者』であれ、という事です。仕事で稼いだ金を、自分の時間を、持っているものも、これから得るであろうものも、自分の人生も、全てを自分の愛する者の為に与えてしまえという事です。嫁や恋人に限定した意味ではありません。愛するものの為に使うからこそ、自分の人生に価値がついてくるものではないかと思っております。

三つ目には『芯を持て』、誰に何を言われても動じない信念を持てという事です。世間の目から見て正しくても、正しくなくても、それが本人の信念によるものであれば良しと思っております。あまりにも気チガイじみた信念を持たれても困ってしまいますが、大体のニュアンスでご理解下さい。

大まかにこの三つが私の思う『男らしさ』であります。
男の癖に化粧をするなとか、脱毛するなとか、ヒラヒラした服を着るなとか、細かい事を言えばキリがないのでやめておきます。あくまで大まかな概念の話であります。
そして、この『らしさ』という感覚がイコール『美学』というものだと思うのです。

私は30数年しか生きておりませんが、昔の日本には『美学』という概念がもっとしっかりと根付いていたのではないか、と思っております。弱い者イジメ、盗み、詐欺、言い訳、陰口、成金・・・etc、ひと昔前までは全部恥ずかしい事であったり、格好の悪い事として扱われていた筈なのです。一体どこでその感覚が失われてしまったのかは知りませんが、最近では若者はおろか年寄りまでも、節操の無い事を平気でしているように見受けられます。

例えを挙げると、『金持ちになる』・・・それだけを重要視して、そこに至る過程はさほど重要とは思われていない様な気がするのです。盗んでこようが、オレオレ詐欺をしようが、インサイダーをしようが、金を持った奴の勝ち・・・みたいな考えが横行しております。泥棒や年寄りを騙して掠(かす)め取った銭なんか、死んでも欲しくありません。生き方に美学を持っていれば、当然有り得ない事であると思います。

年金生活者や生活保護受給者には強い事を言うが、上司には逆らえない木っ端役人。自分達の不正には一切触れようとしないクソ警察。自らの保身しか考えられない、教員と教育委員会。人命に関わる大事な報道の直後に、浮かれた芸能人の下の話を放送するテレビ関係者。バーチャルな世界に逃げ込み、引きこもりの癖に偉そうな発言をする若者。自ら喧嘩を売っておいて、負けたからと言って卑怯な手で復讐をしようとする若者。全くもってキリが無い・・・、日本人にあるべき『美学』はどこにいったのでしょう。

生きる事に『美学』を持たない大人達が増え、そして次の世代を育て、それを又繰り返してきたのですから、節操が無くなってしまった若者を責めるのは少し酷かもしれません。
【武士は食わねど高楊枝】【情けは人の為ならず】【一寸の虫にも五分の魂】全て生きる上での美学が含まれております。まだまだ他にも先人達から受け継がれた良い諺が沢山ございます。


個人的な意見を言わせてもらえば『美学』を持たない人生なんて、不様で不格好なものでございます。意地も誇りも信念も、男女に同じく必要なものであります。『美学』とは人目を気にして格好をつけて暮らす、という事ではありません。時に人から笑われ泥をかぶるような選択をする事もまた『美学』であります。


風当たりが強い時も、好・不調の波もございます。
軸だけは曲がらないように気をつけて生きたいものであります。

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