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雲のように飄々と…月のように夜道を照らし…
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居酒屋の開店祝いに行ってまいりました。
その居酒屋をオープンしたのは、私よりも十ほど下で数年前から可愛がってきたボウズであります。技量的にも精神的にも少し早い独立ではございますが、若くして独立する彼を誇らしくさえ思えます。

もう6年ほど前になりますか、私が当時毎晩飯を食っていた居酒屋に「年下の彼氏ができましたぁ♪」と言って、若いホステスが連れてきたのが彼だったのであります。昔から、悪い男に引っ掛かって相談に来るホステスには「次に新しい男ができたら、先ず俺に見せに来い。良い男か悪い男か、こっそり教えてやるから!」と言っていたのです。今でも彼氏を見せに来る娘がたくさんおります・・・(汗)。

「いつもお世話になってるお兄ちゃんみたいな人なの♪」
男どもには、こう言っておくように伝えてあります。たとえそんな前情報が伝えられたとしていても、いきなりヤクザ者の前に連れて行かれるんですから、彼氏連中にすれば堪ったもんじゃありません(笑)。

ホステスというのは、世間様の偏見も未だ強く、どうしても軽視されてしまう職業です。群がってくる男達も有象無象、如何せんタチの悪い男が多いのであります。騙されて泣く目に遭うのは、繁華街では日常茶飯事なのであります・・・。

突然連れてこられた可哀相な男達も、色々な反応を示します。ビビッて下ばかり見ている者、こちらに質問ばかりしてくる者、10年も前から知り合いのような顔をしてペラペラと馴れ馴れしい大馬鹿者、様々でございます。その反応も含めて小1時間も話をすれば、大体その男の持っている本質というのが見えてくるものであります。

今回、居酒屋をオープンしたボウズが、初めて彼女に連れられてやって来た時の事を未だに覚えております。二十歳そこそこの小僧でしたが、ビビリながらもちゃんと目を見て「はじめまして、○○と申します。」と丁寧に挨拶のできる男でした。なかなか好印象であります。

仕事は私らもしょっちゅう行く店の料理人、将来は独立して自分の店を持ちたいと言っておりました。口だけの小僧は掃いて捨てる程おりますが、この子の目にはしっかりとしたものが窺えました。今時の若い者にしては珍しい・・・、そう思ったのであります。

ビールを呑みながら30分ほど雑談をして、彼がトイレに立ちました。その間に「よしっ!結婚しちまえっ!これは逃がしちゃいかんぞ!」と彼女に言いました(笑)。いきなり、それはありませんよね・・・。彼女も爆笑しておりました。彼氏が戻った時に「仲良く、大切にしてやってくれな。この娘泣かしたらタダじゃおかんぞ(笑)」と言っておきました。

その2ヶ月後に妊娠、無事に赤ちゃんが生まれてから即結婚式、という運びになりました。私も正直ビックリであります(笑)。もちろん、私が言った一言でこうなった訳ではないと思います。良い縁があった、そういう事なのでしょう。

料理人というものは、ちょいちょい店を転々とするものでございます。勤めている店をヤメようとする度に私のトコに相談に来ましてね、私もその都度新しい就職先を世話しておりました。自分で店をやりたいと相談してきたのは、私が拘置所から戻ってすぐの事であります。

商売の事にしろ、恋愛の事にしろ、その人にとって重大な決め事だと判断した場合、私は素直に背中を押すといった事はいたしません。何本かの道を示して、その上で本人の提案に強く反対する事にしております。なぜかというと、他人の反対を押し切ってまで自分の意志を貫こう、これが自分の道なんだ、という自覚を強く持って事に臨んで欲しいからなのです。

周りが簡単に賛成してしまうと、少しでもウマくいかない時に、ついつい他人の所為にしてしまうのです。あの時、賛成してくれたのに全然店に来てくれない。みんなの口車に乗ってしまった。誰も助けてくれない、やはり所詮は他人なんだ。なんて事を言い出すのが、世の常であります。人間はこういった弱い部分を、誰もが持っているものなんです。

周囲の反対を押し切ってまで自分で店をやったんだ、だから自分だけで頑張って行くしかないんだ、ガツンと成功してあの時に反対した奴らを見返してやる。その位の心意気を持って欲しいのであります。そして、その位の心意気が無ければ、商売なんてできないのであります。

彼は私の反対を押し切って、国から銭を借りて居酒屋をオープンいたしました。子供の名付け親である私に逆らってまで・・・。なかなかどうして、気概のある良い男であります。商売の先行きは、まだまだわかりませんが、とりあえず第一関門はクリアーです。店を持ってしまった以上、私も助力は惜しみません(笑)。繁盛を祈っております。

今回の経緯については、裏で嫁と私が何度も連絡を取り合い、色々と想定した中での本命のパターンで納まった事なのです。私らが、こうなる事を予想していたのを知らないのは彼だけなのです(笑)。何も知らない彼は、熱く仕事に燃えている事でしょう(笑)。頑張れよ、父さんっ!


しかしまぁ、立派になったものです。
前途明るい若い者を見ると、こう胸が空く思いがいたします。


ジジイみたいですね・・・(-_-;)

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またイカレ宗教の所為で、悲しい事件がありましたね。
信仰・・・、これは結構大切なものだと思うんです。何かの宗教を勧めるとか、神様って素晴らしいとか、そんな類の話ではございませんのでご安心を・・・。

信仰とか宗教というのは、人間がより良く生きていくための道具だと思うんです。ん~、道具というか、教科書というか、マニュアル的なものというか、まぁそんな感じですね。人間がより良く生きる・・・、これは周りと上手く調和して共生する事だと思っています。

宗教なんてものは、崇める対象が違うだけで基本的には皆同じような事を言ってるものなんです。仏教であれ、キリスト教であれ、イスラム教であれ、神教であれ、木っ端みたいな宗教であれ、どれも似たようなものなんです。

今、自分の置かれている環境に感謝して、周囲の者に感謝して、共に手と手を取り合う事を忘れずに暮らしなさい。大雑把に言えば、だいたい共通してこんな内容です。普通に良い事だと思います。そして、人間そうあるべきだと思います。

なぜ宗教と呼ばれる代物は、神様的な目に見えない大きな第3者を必要とするのでしょう。それは、神様の言葉を代弁するという形をとる事で、大勢の人達に解かりやすく話をできるからなんです。それが自然と現在のような形になってしまっただけの事であります。

神様という存在を創りあげる事で、色々な事を簡単に教える事が可能になります。例えば、ピーマンが大嫌いな子供がいたとします。「栄養学的にピーマンというのは人間に必要な栄養分を多量に含んでいるんだから、効率的に栄養を補給しようとするならば、他の物で補うよりも少量のピーマンを摂取するほうが、割に合うんだよ!」と言うよりも「ピーマンを食べないと神様に怒られるよ。バチが当たるよ!」と言った方がずっと楽なんです。

猿が立ち上がった程度の頃の人間には、学問など無かった訳です。今のように思考能力も発達していないし、屁理屈を中心に生きていた訳ではないんです。その中で頭のいい奴が、皆が仲良く助け合って暮らしていく為に、それを人々にうまく説明する為に考えたのが『神様』なのであります。

なぜ人は人を殺しちゃいけないんでしょうか。なぜ人は人の物を盗んではいけないんでしょうか。上手に理論立てて説明するのは難しいですね。しかし、どちらも人としてやっちゃいけない事には間違いありません。

人殺しもアリ、盗みもアリ、世の中何でもアリだったらどうなるでしょう。油断すれば何をされるか解かったもんじゃありません。誰も信用できないし、ゆっくり眠る事もできません。そして、人類と言う種で考えても、何一つ発展創造する事がありません。

そんな思いをして、ビクビクしながら暮らすのはお互いに嫌であります。私も人は殺さないし、盗みもしない。だから、静かに眠れて、豊かに食えるように協力し合ってやっていこう。そういう思想が芽生えたからこそ、今の人間社会が在るんです。

しかし、腕っ節の強い連中には納得がいきません。何でもアリの状況でも、全然困らない訳ですから。そこで、人間なんぞがいくら束になっても敵わない無敵の存在が必要になるんです。それが、『神様』なんです。

見知らぬ土地に行って、地図も無く道を行くのは怖いものです。それと同じで、知らないものや知らない世界に人間は恐怖感を持っているのです。死後の世界なんてのは、その代表みたいなものであります。

人を殺した人間は、死後『地獄』に行くんです。どんな恐ろしい世界なんだか具体的には解かりませんが、それはそれは恐ろしい所だと…。逆に人を助け、物を分け与えた人間は、死後『天国』に行くんです。花に囲まれ飲み・食い放題、病も悩みも無い、楽しさと幸せだけの世界です。

誰がそんな事を言ったんだ?誰が教えてくれたんだ?となった時に、「隣の村の村長だよ。」って事じゃ説得力がありません。「あんな俺より弱い奴の言う事なんて信じられない。」という人間も出てくる筈です。じゃあ誰が『天国』だの『地獄』だのと言い出したのか・・・。

唯一全ての世界を支配している『神様』が言ったんです。
『神様』を創りあげる事で色んな説明が可能になります。特に、天災や自然現象です。大洪水、大地震、大火災、台風、火山、落雷、全部『神様』の怒りです。作った町が滅びれば、ここに町を作った事を神様が怒ったんだと言えばそれまでです。

『神様』は無敵じゃなければなりません。ちょっと怒れば全てが埋まってしまうような砂嵐を起こします。山も沈むほどの大洪水を起こします。どんな病気も治します。神の子は何度殺したって生き返るんです。もう、言ったもん勝ちです・・・。

人間は知らない物が怖いんです。見えないもんは、知りようがありません。見えないんだから攻撃しようがありません。そりゃあ、無敵ですよ。その無敵の『神様』が言った事を守らなければ、どんな罰を受けるか解かったもんじゃありません・・・。

『神様』がこう言ってるんだから、殺し合うのをやめましょう。盗みをやめましょう。助け合いましょう。じゃなきゃ、『神様』に怒られちゃうよ。秩序ある社会を作るために、自然発生的にできた考え方、これこそが『宗教』なんです。解かりやすく、多くの人々に説明するために・・・。

順番こそ違えど、世界各国で同じようなやり方を考え出した人達がおります。残念ながら『神様』は、誰にでも語ってはくれる訳ではありません。『神様』の教えを聞いた人達は、キリスト、ムハンマド、ブッダ、なんかが有名ですね。まぁ、他にもいっぱいいます。

彼らは実在もしない『神様』を語った嘘つきなのでしょうか。まぁ、ぶっちゃければ嘘つきなんでしょうが、私は『良い嘘』だと思っています。嘘と言うよりも、人が助け合い共存する方向へ進むための、一つの手法だったんだと思うのです。人をコントロールして支配者になろうとしていた訳では無いような気がします。

キリスト教・イスラム教・仏教の三大宗教と呼ばれるものは、どれも内容に共通点が多いんです。同じ神の僕同士、助け合って生きていく事。無益な殺生は良くないという事。人間にはどうする事もできない事があるという事。良い行いをした者は、次の世界で報われるとい事。本当に、似たような事であります。

どの宗教も、平和と共存を訴えているんです。よそ様の宗教をやっつけろ、なんて経典はどこにも無いんです。イスラムもコーランに明言はしていません。じゃあ宗教同士で戦争になっているのは、ありゃ何なんだという話になります。平和もヘッタクレもございません。

宗教が生まれたのは、遠い遠い昔の事であります。今のように長距離の移動を簡単になどできません。その頃は、海の向こうに人が住んでいる事すら互いに知らなかったんです。海の向こうでも同じように、『神様』を創りあげる事によって平和な社会を作ろうとした奴がいるなんて、想像しなかっただけの事です。

いつか異民族と接触する事を想定していたのなら、もうちょっと違う『神様』を創っていたと思うのです。例えば、同等の力を持った『神様』が他にも20人位いるんだ・・・、もし他の神の子達に会ったら仲良くするように・・・って感じでね。最初からそういう風に設定しておけば、異教の者と出会った時にも「あー、お前らの神は20人位いる中の1人だな。ウチの神様から噂は聞いてたよ。よろしくね。」なんて話で終るんです。

それぞれの宗教が、唯一絶対の神を作ってしまった事が失敗の原因なんです。だから、「お前んトコの神は偽物だ。」「偽物のクセに神を語るなんて太ぇ野郎だ。」「嘘つきをやっつけろ!」なんて事になってしまうんです。まぁ、地球にこんなに人がいるなんて知らなかったんだから、仕方が無い事なんですが・・・。

そう考えると、神教ってのは偶然にも上手くできてますね。どんな物の中にも神様がいる、米粒一つの中にでも・・・、って素敵な考え方ですよ。さすが日本人ってトコです。


長々と語ってしまいましたが、要するに『神様』なんて居ないんです。力一杯、言い切れます。しかし、宗教は悪い物ではないんです。矛盾しているようですが宗教の教えには、より良く生きる為の知恵や、心の負担を軽くする為の知恵が、たくさん詰まっております。まぁ、神の存在云々は別としての話ですが・・・。

戦後の宗教という物を考えてみて下さい。創価学会、霊派の光、真光教、生長の家、オウム、幸福の科学、統一教会、法の華・・・etc、あぁ~キリが無いっ。今回の紀元会もそうです。全部インチキ宗教です。宗教と呼ぶのすら考えもんです・・・。詐欺集団です。

これらの如何わしい団体には、必ず『教祖』がいるんです。『教祖』がパワーを持っていて、それを崇めるなんてぇのは宗教でも何でもありません。キリストは一財産稼いで城に住みましたか?ブッダなんて教えを広めるためにドサ廻りをしていて、ナマズ料理にアタって死んだんですよ。

金を集めろ!なんて言った創始者はいないんですよ。
三大宗教も後から受け継いだ者達が、銭を集めるようになったんです。そこから何かに気付いた者達が『宗教』を語り、銭儲けをしているんです。ただの営利集団なんです。騙されちゃあイカンのですよ・・・。

だいたいにして『教祖』ってぇのは、どんな奴ですか。手前ぇの事を神だと思ってる人間ですよ。いますか?普通・・・。私の小学校や中学校には「僕、実は神なんですよ。」なんて馬鹿は1人もおりませんでした。生まれた時から神じゃ無いのなら、いつどこで神になるんでしょう。大人になってから、ふと気付くんでしょうか。馬鹿言っちゃいけない・・・。

自分の事を『神』だなんて言う奴はキチガイなんです。献金やら、何かを買えなんて言われるのは、宗教じゃなくて詐欺なんです。何ちゃらパワーで奇跡を起こすなんてのは、ただの子供騙しなんです。宗教の教えは、自宅で本を読めばちゃんと理解できるんです。集会なんぞに参加する必要はないんです。

絶対に引っ掛からないで下さい。


宗教の教えというのは、先人達の知恵なのです。
助け合い、より良く生きる為の知恵なのですよ・・・。

昨日、『たかじんのそこまで言って委員会』を見ていましたら、死刑についてかなり熱い議論が行われておりました。死刑には以前から思うところがありましたので、そのお話をしたいと思います。まだ、前回の続きも書いていないのに・・・(汗)。

結論から言えば、私は死刑制度には賛成です。必要不可欠であると考えています。しかし、その周辺には色々と整備していかなければいけない問題が数多くあるとも思っています。

まずは、処刑方法の事です。日本では、絞首刑が採用されています。死刑執行官という職はございません。執行当日に5人の刑務官が執行官として指名されます。当日の出勤表を見て所長が決めるそうです。明確な基準は無いそうです。執行は5人の刑務官が同時にボタンを押し、誰のボタンが反応したかは当事者達には分からないようになっているそうです。

死刑と殺人は全く性質の異なるものだと思いますが、人一人の命を終らせる事には変わりありません。その行為には、とんでもなく大きな精神的苦痛がともなう筈なのです。誰のボタンが当たりだったか分からないからといって、その苦痛が薄らぐ訳ではありません。5人が同様に苦痛を感じ、その重荷を背負って生きていかなければならないのです。

「俺の押したボタンで人が死んだんだ・・・」
こんな思いが一生続くんです。いくら相手が極悪人だからと言っても、個人的には何の恨みも無い人間を殺す訳ですから・・・。人を殺す経験・・・、世の中のほとんどの人間が一生涯経験する事が無いのです。こんなに辛い事は滅多にありませんよ。

この過酷な役割を刑務官に背負わせて良いものか…、これは思案のしどころです。ボタンを押す事が、社会の正義の為なんだと思ってみても、やはり…ね。頭にこびりついて離れませんよ、実際。夢にもうなされる事でしょう…。いくら仕事だとはいえ、何も悪い事をしていない善良な刑務官に、そんな思いをさせるのは如何なものでしょう…。

刑務官の受ける精神的ダメージに対して「そういう仕事なんだから仕方がないだろう!」とか「じゃあ最初から刑務官になるなよ!」という意見を持っている方もいるでしょう。しかし、就職する時に自分が死刑を執行する可能性があるなんて普通は知らんでしょう。高校生の時に、死刑の執行官は当日ランダムに指名される・・・なんて知っていた人はいますか?

それならば遺族にボタンを押させてやれば良い、という意見もございます。それも正直考えもんであります。そうなると復讐になってしまいます・・・。復讐を法律で認めれば、世の中は大変な事になってしまいます。死刑以外でも復讐ができるように、なんて感情が爆発してしまいます。

ちょっと話がそれて行きそうなので、法律と感情の事はやめときます。

私は、絞首刑には反対なのです。刑務官に精神的苦痛をあまり与えないで済むような処刑方法を採用すべきです。例えば、ガス室です。死刑囚を薬で眠らせてから、確認窓も無い小部屋に入れて、タイマーをセットして、翌日に遺体を回収する…とか。死の瞬間に立ち会わないだけでも、かなり精神的苦痛を受けなくて済むように思います。とにかく執行官の苦痛が少ない方法を考えるべきだと思います。

ガス室の場合、死刑囚に痛みも苦しみも与えない事を不愉快に感じる方もいるでしょう。しかし、死刑が執行されるまでの間に充分罰は受けている・・・と私的には思うのです。それは、精神的な罰です。死刑執行は前もって予定日を知らせる事はありません。死刑囚本人が知るのは、執行当日の朝であります。

死刑執行の前の晩には豪華な夕食が出る・・・なんてインチキ臭い噂がありますが、全くの嘘であります。午前中に突然刑の執行を告知され、そのまま刑場に連行されるのです。死刑囚は毎日、いつ執行されるのか、その恐怖に怯えながら暮らさなくてはなりません。これは、キツいですよ。これ以上の罰は無いと思います。

死刑というものを考えるにあたって、まずは死刑囚の現状や死刑執行に至るまでの過程をきちんと公表しなくてはいけません。どんなものなのか内容を知らずに議論するのは実に馬鹿げております。政府には公表する義務があると思っています。

まず、死刑囚はどんな暮らしをしているのか?
死刑囚は刑務所にいると思っている方が多いのではないでしょうか。死刑囚は、刑務所ではなく拘置所の独居房におります。懲役刑は労働が罰になっております。だから、刑務所で労働をしなければいけません。それに対して死刑囚に与えられた罰は『死』のみなのです。それ以外の罰を与えてはいけませんので、当然労働などに従事する事はありません。

拘置所内でなにをしているのか?
何もしていません。何もできませんから・・・。刑務所ではテレビを観ることができますが、拘置所にはそんな物はありません。火曜と金曜に本を2冊ずつ借りられる事と、決められた時間内にラジオが聞けるだけであります。拘置所の独居はツラいものです。

今回私も1ヶ月半入ってましたが、かなりキツかったです。恥ずかしながら相当参ってしまいました・・・(汗)。のうのうと読書をして、ラジオを聞いて、3度の飯を食って、一体何がツラいんだ・・・と思うかもしれませんが、これがなかなかどうして・・・。情無い話ですが私なんて毎日、ここから出られるならもう刑務所に落ちてもいいや・・・と思ってました。

正直、刑務所で働いている方がよっぽどマシであります。同じ独居でもムショだと、封筒折りなんかの作業があるのです。作業をしていたら1日なんて、あっという間に終ります。拘置所の独居は1日がとにかく長いのです。拘置所の独居ほど最悪の場所はありません。あそこに長く居れば確実に人間は壊れます。

私は今回の拘禁生活で死刑囚を見ております。昔から死刑囚がここに入っているという噂は聞いておりましたが、実際に見たという話は聞いた事がありませんでした。まさか自分の目で確かめる事になるとは思っていませんでした。

私が見た死刑囚は、もうすっかりお爺ちゃんで歩くのもやっとという感じでした。パッと見では80前後だと思います。風呂の時間と診療日に廊下を歩いているのを何度か見かけました。一応は自力で歩いているのですが、人としての生気は全く感じられず、生ける屍という印象を受けました。

朝晩の点検時に呼称番号を言わなければならないのですが、声も満足に出ない様子でした。看守や掃夫の問いかけにも、本人は「はい」と言っているつもりなのでしょうが、小さく口が開く程度で声は聞こえませんでした。感情は全く消え去り、ただ生きている・・・それだけであります。あれが、『廃人』というものなんだなと思いました。

彼の場合は、刑の執行を待たずしてその命を終える事になるでしょう。彼が何をしたのか、何人の人を殺めたのかは知りません。しかし、刑罰としては考え得る限り一番重い刑罰を受けたのだと考えております。実際に首を吊られるよりも何十倍も重い刑罰だと思います。仮にこの先、彼に刑が執行されたとしても、もう何も感じない人間になっております。

現在、刑の確定から執行に至るまでの平均期間は約7~8年と言われています。裁判で死刑を求刑されている者は、刑が確定するまでの間も拘置所で独居暮らしです。刑が執行されるまでの期間も合わせると、軽く10年を越えます。人間を壊すには充分な時間であります。

それなら死刑なんて要らないんじゃないのか・・・と言う方がいるかもしれません。違うんです・・・、死刑があるからこそ執行までの期間がとてつもなく重い刑罰になるのです。鳩山法務大臣が、半年で自動的に刑が執行されるようにしたらどうか・・・なんて事を言っておりますが、それでは刑の重さが半減してしまいます。

最も重い刑罰として、現在『死刑』が存在しているのです。その存在理由は『抑止力』であると思っています。人を殺せばあんな目に遭うんだ・・・、と考えさせるのが抑止力であります。たったの半年で全てをチャラにしてやっては抑止力には成り得ないと思うのです。残酷であろうが何であろうが、重刑は必要なのです。

付属池田小事件の宅間のように、早期の執行を望む者もおります。本人が希望したからと言って早く執行したんじゃ何の意味もありません。早々に開放してやった・・・、という事と同じではないでしょうか。

死刑が執行されるまで重労働を課してこき使えば良い、と言う方もいるでしょう。しかし、私の経験上、何かやるべき事を与えられている方が精神的には楽なのです。人間はできる事を奪われていく方が何倍もツラいんです・・・。経費を考えるならば働かせた方が良いのかもしれませんが、重い罰を与えるという目的ならば現在のスタイルが良いでしょう。

死刑反対論者は代替案として『終身刑』を主張しております。終身刑を新たに制定する事には賛成ですが、死刑の代わりとするのには反対です。死刑と終身刑とでは、比較するのも馬鹿らしいほどの違いであります。

反対論者はすぐに人道的という言葉を使いますが、そもそも死刑を求刑される人達はどんな人達ですかって話です。彼らの命を救う事は人道的な行為なのではなく、彼らを厳しく処罰する事によって娑婆にいる殺人者予備軍を抑制する事、そして悲しい事件を未然に防ごうとする事の方がよっぽど人道的であります。

『見せしめ』という言葉はあまり好きではありませんが、実際必要なものだと思います。死刑を筆頭にありとあらゆる刑罰は、抑止を第一の目的に考えるべきだと思っております。更生・矯正はその次にあるべきものでしょう。


10年前と比べると、暮らしのスタイルも犯罪傾向も随分と変わっております。20年前と比べれば、もっともっと大きく変わっております。世の中は凄いスピードで変化しているのです。

刑罰や刑務所のあり方、法律のあり方、裁判のあり方、全てが本来の役割を果たせず、機能が衰えている気がいたします。世の中に合わせて調整していかなければなりません。そろそろ本気で考えなければならない時期が来ているのだと思います。

メディアは弁護士の話ばかりではなく、刑務所・拘置所の現状、現場の刑務官や囚人・服役経験者の談話などを広く公開するべきです。するべきと言うよりも、公表しなければならない義務がある。


実際の中身を知らなきゃ、議論のしようがありませんもんね・・・(-_-A

私には、いくつかの口癖がございます。
何種類かあるのですが、周りの者は出てくる言葉によって私の機嫌や、興味があるか無いかの判断をしている様です。よく人から指摘されるので、自分でも気づいております。まぁ、周囲から判りやすい方が良いだろう・・・、という事で全く直す気はありません(笑)。

その口癖の中でも、一番酷いのが『大丈夫だ!』であります。
「おー、大丈夫だ。大丈夫。なんも心配すんなぁ!」
妙に明るく軽~い感じでこの言葉が出たら、まず間違いなく興味0(ゼロ)なのです(笑)。相談事や、助けてコールの際にこの台詞が出た時、私は100%動きません。周りに私の事を良く知る者が居たのなら、皆『あ~ぁ、可哀相に・・・』と思うそうです。

以前、麻雀をやっている最中に私の携帯が鳴りました。
薄っぺらい付き合いの土建屋の社長からです。いつも悪い事ばかりしては「助けて下さい!」と虫のいい頼み事をしてくる面倒臭いオッサンであります。話の内容は「明日までに100万を用意しないと不渡りを出してしまう。」との事でした。どうせインチキな手形をクルクル回している内に、どっかで引っ掛かってしまったのでしょう。自業自得です・・・。

「あ~、大丈夫、大丈夫。俺は今持ってないけど、金貸しの社長に言っといてあげるから待ってなよ!」
そのまま何事も無かったように麻雀を続けておりました。小1時間も経った頃、また携帯が鳴りました。
「どうでした?準備できそうですか?」
「ん~、電話かけたんだけど出ないんだよな。その内、折り返してくると思うから。心配しないで待ってなさいよ。」

全然、電話なんかしてません(笑)。かけてないんだから、折り返し電話が来る事もありません。その後、30分置き位に電話が鳴っていたのですが、面倒臭いのでシカトしておりました。あまりにもうるさいので、何度目かの着信で仕方なく電話に出ました。

「さっきから何回も電話してるのに、何で出てくれないんですか?どうなってるんですか?」
「んん~、何だぁ?俺に急げって言ってんのか?」
「えっ?そういうつもりじゃ・・・。あの・・・、電話にも出てくれないし・・・。あの・・・。」
「手前ぇの都合で頼み事してきやがって、急げってのはどういう了見よコラ。尻叩いて、動けコラって言ってんのか?お~?」
「す、すいませんでした。あの、どうすればいいですか?」
「あぁ~、黙って待ってろや!」
「はい・・・。」

麻雀のお茶汲みをしていた若い者が真剣に心配しておりました。
「本当に放っといて良いんですか?」
「ん?いいの、いいの。どうでも良いの♪」
それ以来、その社長から電話がきておりません。3年位経つのですが、まだ黙って待っているんでしょうか。それとも、不渡りでも出してどこかに逃げたのでしょうか。なんせ、興味がゼロですから知った事じゃありませんが・・・(笑)。

麻雀のメンバーに兄貴分もいたのですが、私の「あ~、大丈夫」を聞いた瞬間にニヤッと笑っておりました。
そして一言「あ~、カワイソ。」と呟いておりました(笑)。

胡散臭い連中と付き合っていると、こんな事がしょっちゅうあるものなのです。まともに相手をしていたらキリがありません。気に入らない者まで助けて、良い人の振りをしたくもありません。


大切な人は、とことん大切にいたします。
どうでもいい人は、とことん適当に扱います。


私の軽~い『大丈夫!』は、そんなサインであります。(^_-)-☆

先日、ライブドア事件に絡めて証券取引を博打と表現いたしました。今回は、ついでにギャンブル・賭け事の『博打』のお話をしたいと思います。

あまりピタッと当て嵌まらないと思うのですが、私共の業界は大きく2つに分類されております。『神農』系と『博徒』系、要するにテキヤとバクチ打ちで分類されております。戦後間もない頃には、この分類で良かったのだと思うのですが、今の時代にこの分け方はとても曖昧なものとなっております。

北海道は、昭和の50年代までテキヤ王国なんて呼ばれておりました。私が子供の頃にはまだまだテキヤ系の組織が頑張っており、街を闊歩していたのを覚えております。今ではこまごまと存在していた独立組織も時代の流れで、関東・関西双方の博徒系大手全国チェーンに吸収合併されております。

博徒系の伝統ある組織には『縄張り』がしっかりと線引きされております。先日、会長が自殺された国粋会は、関東の博徒組織の連合体であります。彼らは、代々受け継がれてきた『縄張り』を非常に大切に考えております。ですから、『縄張り』を守る為ならば命をも厭いません。それが、博徒なのです。

北海道組織の大半がテキヤ系の源流を持ちながら、今現在は博徒系の代紋を掲げているという何とも曖昧な状況であります。その所為か、はっきりとした『縄張り』などは存在しておりません。私達は、ガキの頃からここで育っておりますので大した違和感を感じておりませんが、本州組織の先輩方は皆一様に「めちゃくちゃだな・・・。」と感想を漏らします(笑)。

さて、この『縄張り』、そもそもは博打の賭場(盆)を開く権利だったと言われております。全く関係の無い者がやって来てある日突然賭場を開く・・・、なんて事は昔は不可能だった訳であります。そして、賭場でのトラブルも御法度、当然その縄張りを仕切る一家が対処する事になります。私としては、これも立派な秩序だと思うのです。

博打に関しては様々な説がございます。その中で私が信じているのは、農村での生き残り対策という説です。大凶作の年、皆が食うや食わずでそのままでは村が全滅してしまいます。そこで残り少ない食べ物を持ち寄って、くじ引きで生き残る者を決めたそうです。これが、くじ引きからサイコロなどに変化し、遊興としての博打に発展していったという説であります。農耕民族の日本人らしい説ではないかと思うのです。

残念ながら日本の博打という物は、男のものとして発展してまいりました。私が子供の頃でも、競馬場やパチンコ店を女性だけで歩くなんて事は感心されるものではありませんでした。古くから博打で勝った金は、パァーっと皆に酒を振舞うか女を買うかといったところでしょう。勝ち負けを帳簿に付けたり、買った金を貯金したりなんてのは粋じゃありませんよね(笑)。

いくら博打が運分天分だからと言いましても、皆様に愛されて気軽に遊びに来てもらえる場でなくてはいけません。運営者にも配慮があり、身上(しんしょう)を潰すような遊び方はさせません。あまりにも負けがこんでる客には、小遣いを渡して帰す事もあったそうです。
「今日はツいていないようだから、もうおヤメなさい。これで家族にお土産でも買って帰りなさい。次は頑張って勝って下さいよ!」こんな感じでしょうか。

客同士の間にも粋な計らいがありました。大勝ちして帰る際には、ツキをお裾分けするという意味で、幾ばくかのお金を負けている客に渡して帰るのです。これを『目付け(めつけ)』と言います。『目付け』は今でもその風習が残っております。ただの勝ち逃げは粋じゃありませんからね。

来る客、来る客、全員から尻の毛を抜くほど巻き上げていたら、賭場なんて一瞬で誰も来なくなってしまいます。勝っても負けても、そこそこ楽しんで貰わなくてはいけません。賭場から生まれた言葉で『盆に明るい』『盆に暗い(ボンクラ)』というのがありますが、これは盆全体をコントロールしてお客様を楽しませるという意味合いの言葉です。

最近ブログを始められたCloudさんの記事にも掲載されていますので、是非そちらもお読み下さい。
Cloudのきまぐれ日記

基本的に賭場は堅気の旦那衆の遊び場なのですが、博打だけで飯を食っている者もおりました。博打を主催する者も『博徒』ですが、打つ専門の人間もまた『博徒』であります。賭場から賭場を渡り歩く、彼らもまた粋な存在として扱われていたのです。

流れ者の『博徒』にも、粋な博打の打ち方というものがございます。のらりくらりと様子を見ながら小さく張り続け、ここだという場面でドンッと大きく勝負します。一発当たれば目付けを配って退散し、負ければ潔くスッカラカンで退散します。その潔さを良しと感じた親分衆は、旅を続けられるように餞別を持たせたり、何日か客分として宿と飯の面倒をみてやったりしたそうです。

客分として扱われた者は、一宿一飯の恩義を一生忘れない・・・これが当然のルールであります。主催する側も腹が太い、遊ぶ側も潔い、博打は『粋』で打つものでございます。日本に根付いてきた博打は、本来は『粋』なものだったのです。

私共の土地では、盆が開かれるような事は殆どございません。本州では、未だにあちらこちらで定期的に開催されているそうです。丁半、カブ、手本引き、サイ本引き・・・etc、楽しそうです(笑)。以前、義理事で集まった時に関係者だけの『花盆』に参加した事がございます。なんせ全員が業界人ですから恥ずかしい博打は打てません(汗)。多少勝たせて貰ったのですが、目付けを配ってチャラでした。
楽しかったなぁ・・・(笑)。

昨今の博打はどうでしょう。
競馬、パチンコ、ポーカーゲーム機、ネットカジノ、闇カジノ・・・etc、血の気の通わない無機質な感じがいたします。そこには、華も人情も無いような・・・。大人の粋な遊びとは言えないような気がいたします。

博打で負けて文句を言うなど言語道断、その辺だけは腹を括って打たなければいけません。勝っても負けても潔く、これが大原則でございます。


しつこいようですが、博打は『粋』で打つものでございます。
これだけは、絶対にお忘れなく!


春の甲子園が始まります。
神聖な高校野球に賭けをしております・・・。
ゴメンなさい・・・(_ _,)


頑張れ帝京、頑張れ仙台育英♪(-o-)/

人間は、群れを作って生活をする動物であります。
山奥で独り何かを求め生活する・・・そんな選択でもしない限り、人は人と関わりあって暮らしていかなければなりません。これは、好むか好まざるかに関係無く当たり前の事であります。そして、仕方のない事なのです。

自称『人間嫌い』とか『人間が苦手』なんて無茶な事を言う方が結構おりますが、生活の場に人間が関係していない物など存在しているのでしょうか。人が生きるという事は、自動的に多くの人達と行動を共にしていかなければいけないのです。

「私、人間が嫌いになりそう・・・。」なんて馬鹿げた事を言い出す人をよく見かけますが、それが本当なら無人島にでも飛ばなきゃなりません。まぁ、彼らの言わんとする処は、全ての人間という意味ではなく『私の周りの人間』を指しているのでしょうけども・・・。

最初に言ったように、人間は群れを作って生きています。今の日本の社会では、いくつもの群れに所属し、その多数の群れを頻繁に行き来しなければなりません。家族、職場、学校、友人、恋人・・・etc。一つのグループで一生共に行動をする訳では無いので、これも仕方の無いことであります。アフリカの田舎に暮らすような、部族一単位という具合にはいきません。

人間不信になるのも、人間大好きになるのも、自分の所属する群れによるところが大きいと思うのです。群れには、必ずリーダーという者がおります。良い群れには良いリーダー、同じく悪い群れには悪いリーダーがいるものなのです。
前置きが妙に長くなってしまいましたが、今回はリーダーのお話をしたいと思います。

※『群れ』という言葉を連発していたら、どこかの宗教みたいで自分で気分が悪くなってまいりました・・・。不快に思った方がいたらゴメンなさい・・・。

リーダーには色々と必要なものが沢山ございます。知恵、力、勇気、思いやり、決断力・・・etc、リーダーと呼ばれる者であれば、ここら辺のものがある程度は備わっていると思います。ある程度と言いましても、そのある程度が怖いのですが・・・。知恵の足りないリーダーに付いていってもロクな事がありませんから・・・(汗)。どれかが欠けても、どれかが多すぎていても、あまり上手くは行かないものであります。

色々な要素が必要な中で、私がリーダーにとって一番重要と考えるものがございます。
それは、『分配する能力』。
大まかに2つ、分け前の分配、負担の分配であります。
何だよ!そんな事かよ!と思う方もいらっしゃるでしょうが、これは実に大切な事なのです。

分配の仕方一つで、不平や不満が沸き起こるものであります。物質的な面や、精神的な面、労働力や能力にも関係して分配は行われます。配当を受け取る側に、不平不満が少なければ少ないほど、より良いリーダーという事になるでしょう。世の中には各ジャンルに大小様々なリーダーが存在し、そして様々な形態で物事を分配していかなければならない訳ですが、解かり易く『会社』を例にお話させていただきます。

開発・製造・販売を全て行っている【防犯グッズ】を扱う会社があったと仮定しましょう。分配する物の代表といえば先ず『給料』だと思います。社員を一律に時給で考えると、どうなるでしょう。営業マンや開発部門の仕事を、時間で計算するのはかなりの無理があると思います。工場で製造を担当している人達の仕事量は、時間で計ることが可能かもしれません。それにしても、仕事の効率や其々の作業内容を加味しなければ公平感が損なわれる事でしょう。

それでは、能力給や成功報酬で考えてみましょう。営業マンへの分配を考えるには良い方法かもしれません。売り上げによって給料が決るので一見公平に感じますが、都会の犯罪率の高いエリアを担当している者と、田舎の犯罪とは無縁の地域を担当している者とでは、当然のように売りやすさが違います。その辺を考えると「あいつらんトコは、客が多いから楽で良いよなぁ!」なんて不満の声が聞こえてきそうです。

開発者はどうでしょう。新商品を生み出すために日夜努力をしているのでしょうが、その評価は非常に難しいものです。成功報酬で考えると、新商品を開発するまでは給料が出ない事になります。かといって、時給にすると開発意欲が無くなってしまうかも知れません。基本給+ヒット商品を開発した時の成功報酬、これが無難なところでしょう。しかし、ここでも開発に貢献した個人だけが昇給するのか、チームが昇給するのか、開発部門が総じて昇給するのか・・・、こんな感じでまた不満が生まれてしまいそうですね(汗)。

宣伝や広告によっても変わってくるかもしれません。会社が宣伝に力を入れれば、営業マンの成績が突然上がるかもしれません。営業マンは成功報酬をたくさん貰えますが、工場が忙しくなってもさほど恩恵を受ける事ができなければ当然不満が生まれます。『工場で働いている人の家に泥棒が入り、自社の製品で撃退した!』という話がニュースで取り上げられて商品がヒットした、なんて事になると何が何だか解からなくなってしまいます。

たかだか給料の分配の仕方でも、皆に不満無く分配しようと考えると、こんなに大変な事なのです。分配は、利益だけに限られた行為ではありません。負担の分配もあるのです。『向こう1ヶ月の間、工場を18時間稼動しなければ納品が間に合いません!』こんな事が起きるかもしれません。当然、工場で働く人達は膨大な残業や休日返上を余儀無くされます。残業代や休日手当てを支払えば、不満は無くなるのでしょうか。恐らくブーイングの嵐でしょう。

しかし、手の空いた営業マンや開発部門の人間も交代で工場を手伝いに行き、会社一丸となってやりとげた場合はどうでしょう。「素人が工場に手伝いに来ても邪魔なだけだ!」とかリアルな意見は無しにして考えると、前者よりも不満の声は少なくなるような気がいたします。大変な事も皆に分配し、なるべく不平不満の出ない治め方をするのが、リーダーに求められる一番大切なものだと思うのです。

いつもフラフラしている営業マンが高級マンションに住み、工場で朝から晩まで額に汗して働く人達が安アパートに住む・・・、もしそんな会社があったとしたら、そこの社長にはリーダーの資格が無いと思うのです。誰もが一律に平等に・・・、なんて頭のおかしな共産主義者のような事を言っている訳ではございません。
【働かざる者、食うべからず】働きに応じて正当に評価して分配するのがリーダーの資質であると思うのです。


会社に限った話ではございません。
家庭においても、同じであります。子供が可愛いからと言って、何でも最優先していれば当然おかしなガキに育ちます。親がボロボロの靴を履いているのに、ガキは真新しいナイキのスニカーを履いているなんざ有り得ません。たとえ数少ない家族の中にあっても、家長というものは家庭内の貢献度を判断して分配を成すべきなのです。

家の手伝いもしないクソガキが、あれも欲しいこれも欲しい・・・なんてぬかしやがったら容赦なくブン殴ってやれば良いんです。家事を頑張る奥様方にも正当な評価をするべきです。クリスマスケーキのチョコで出来たサンタは、食いたくなくても家長が食うべきなんです。その代わり、常に分配の比率は正当でなければいけません。

自分が稼いだ金だからと言って、家庭を疎かにして遊び歩いたり、自分の趣味にだけ大金を使うような者では、リーダーとして失格であります。こんなクズに付いて行っても良い事など一つもありませんので、大至急離れる事を強くおすすめいたします。まぁ、会社でも同じ事ですよね。

当ブログの読者の中には、シングルマザーの方もたくさんおられます。たとえ母一人であっても立派な家長、リーダーであります。両親が揃っている家庭の事と比較して、我が子に恥ずかしい思いをさせたくないという気持ちは良く分かります。ですが、その環境にはその環境でしか学べない事もたくさんございます。他所に引け目を感じる必要なんてございません。

人としての正しい方向性や、強い家長の姿を見せてあげて下さい。お子様がリーダーのポジションにつく時や、自分がついて行くべきリーダーを選択しなければならない時に、必ず役に立つ筈であります。その判断力こそ珠玉のものであると思っております。


政治家という者達も、各地域を代表するリーダーであります。当然、彼らには卓越した分配する能力が求められます。今の彼らに、その大切な作業ができているでしょうか。残念な事に皆無に近い状態であります・・・。一部の人間だけで利益を分配し、税金と言う名の負担だけは国民全員で分担しましょうなどと、寝ぼけた事をぬかしております。

彼らが上手に分配をしていかなければ、社会には不平不満が広がってまいります。不平不満の多い世の中なんてロクなもんじゃありません。どんどん悪くなっていく一方であります。そもそも今時の政治家連中には、分配の能力以前に『親分肌』と言われるような甲斐性が感じられません。負担を皆で分配する際には、率先して自分が一番多くカブるのがリーダーとしての『器』というものでしょう。


楽も苦労も、皆が極力納得できるように分配する。
それが、人様から必要とされるリーダーの正しい姿というものではないでしょうか。


頑張った人や、人様の為になる事をした人、それをきちんと評価し正しく分配する事、それこそが『政』であります。

私が生活している繁華街から東に500メートルほど離れた所に、数件のラブホテルがございます。その一角に汚い2階建ての雑居ビルが2棟あるのです。黄色の集合看板が点いており、店の名前は全て女性の名前であります。地元でも知っている人は少ないのですが、そこは通称『赤線』・・・売春地帯なのです。

東京や名古屋の一部に売春婦がズラッと立って並んでいる地域がありますが、それとは違い皆形式上はスナックの形をとっております。雑居ビルとは言ってもプレハブに毛の生えたような粗末な建物であります。中に入ると真ん中が通路になっており、両サイドにガラスの引き戸(昔の商店のような戸)が並んでいます。一つの店の幅が2メートル位、その中に小さな3人掛けほどのカウンターがあり、お姉さん達が座っております。客は通路からお姉さん達を品定めして歩くのです。良く言えばオランダの『飾り窓地帯』の極小版のような所であります。

売春を生業にした一角であるにもかかわらず、なんとここにはヤクザが殆ど介入しておりません。昔からそうらしいので理由は一切わかりませんでした。何軒かの店は一応名前だけのケツ持ちがいるのですが、本当に名前だけでミカジメ料も無いようなのです。仕切っているのは各店のママ達、本当に『女の聖域』のようであります。不思議な事に警察もこの一角にはあまり介入しては来ないのです。

私も若い頃から「あの辺で売春をやっている。」というのを噂には聞いていたのですが、ほんの何年か前までは実態を知りませんでした。3年程前、以前街でヘルスに勤めていた娘から「相談があるんですけど、来て頂けませんか?」との連絡がありました。場所を訊いたら、なんとあの『赤線』だと言います。その一角の内情を知る者は意外なほどに少なく、謎に包まれている地域であります。興味半分、早速行く事になりました。

小汚い建物の中に入り真ん中の通路を歩いていくと、先にお話したようにガラス戸の列。4畳半程度の店の中が全て丸見えであります。お姉さん達の視線が集まり、戸を開けて声を掛けてきたり、笑顔で手を振ってきたりと客でも無いのに真っ赤になってしまいます。噂ではビックリするようなババァばかりと聞いていたのですが、実際には若い娘が多くて驚きました。呼ばれた店の看板は奥の方にありました。

店に入ると、私に連絡をよこした娘の他に若い娘が2人、そしてカウンターの中に50歳位のママがおりました。相談の中身は何の事はない、ママの個人的な『取立て』の件でした。仕事の話は早々に終ったのですが、この異様な外国のような雰囲気が面白くて2時間も呑んでしまいました。一応スナックなので呑む事もできるのです。まぁ、呑んで帰るだけの人間は少ないのですが(笑)。

後日、取立ては無事に終了したのですが、ママが私を気に入ったらしく色々な部分でお付き合い頂く事になりました。変な意味ではありません・・・(汗)。正月の注連縄(しめなわ)、ブランド物のコピー品、バイアグラの類・・・etc、色々な物を注文頂くようになったのです。そんなお付き合いを続けているうちに「保険証を貸してくれる女性はいないか?」という電話が来たのです。

「どしたのママ?」
「うちの娘で保険証作れない娘がいてね。病院行かせたいんだけど、どうにかならないかな?貸してくれた人にもお礼はするから・・・。」
「捜してみるけど、悪い事に使うなよ。」
「わかってます。大丈夫!」

保険証を届けに行った時にゆっくり話を聞くと、ここにいる娘達の半分以上の娘が色々な事情を抱えているとの事でした。山ほど借金を抱えていたり、家出中であったり、中には自分の素性を一切語らない娘もいるそうです。月に一度、全員に性病の検査や避妊薬をもらう為に病院に行かせているそうなのですが、たまに保険証を作れない娘が出てくるそうなのです。皆毎月同じ病院に通いすでに顔なじみ状態なので、内輪での保険証の貸し借りはまずいらしいのであります。

色々な事情がある・・・、まぁそりゃそうだろうなぁと思いました。
何の事情も無ければ黙ってソープランドで働けば良いのですから、敢えて非合法に身を落とす必要はございません。なのにここに居るという事は、なんらかの事情があると思って間違い無いのでしょう。

私は彼女達のしている事を一切否定いたしません。
それどころか立派に職業だと思っております。誰でもご存知のように『売春行為』はあきらかに違法であります。かと言って、世の中から売春が消えた事など1年だってありません。ソープが合法で売春が違法の意味がわかりません。需要と供給が成り立って、必要が故に存在するものはちゃんと認めてやるべきだと思っております。

自らのだらしなさから身を売るはめになった娘もいるでしょう。しかし、やむにやまれぬ事情から身を売っている娘もいる事でしょう。生きてりゃ人間色んな事情があるのです。周りからは理解されなくとも、それぞれ彼女達本人の中には立派に理由は存在していると思うのです。クソガキ共の援助交際などと同じ次元で考えた事はございません。クソガキ共に助けを求められても私は聞く耳を持たない事でしょう。

日本全国で考えると売春に係わっている人数は相当なものであると思います。外人なども含めると大変な数字になるのではないでしょうか。実際に存在し、根絶しなければならない理由も無い、ましてや根絶などできる訳が無い、ならばきちんと法で守ってやるべきだと思うのです。特に医療面はケアしてやらなければいけません。

わが街の『赤線』では、ママ達がしっかりと管理をしております。しかし、携帯電話などを利用して売春をしている者達はどうなのでしょう。性病や伝染病などの検査をしているのでしょうか。おそらくそんな面倒な事はしていないと思うのです。下手をすると病気を撒き散らしかねません。一刻も早く医療面での支援を考えるべきだと思います。

私は仕事柄、合法・非合法に関係なく『風俗』に携わる者達を多く知っております。その中には人として尊敬できる人間も多くいるものです。私は『赤線』にいる娘達が好きであります。月に一度位ウーロン茶を飲みに行くのですが、違う店の娘でも普通に挨拶をしてくれる事があります。

「あっ、ご苦労様ですっ(笑)♪」
どうやら私は女性の笑顔に弱いようであります(照)。
皆色々な境遇や背景があるのでしょうが、前向きに頑張ろうというエネルギーが感じられる娘達なのです。あの娘達を見ていると、ああ自分も頑張らなきゃいかんなぁと思うのです。常に良い影響をいただいております。

一度、ママの店全員を連れて焼肉を食いに行った事があります。綺麗な人なのですが、私より2歳上の姉やんがおりました。私も歯に衣を着せない男なので「いい歳こいて何でこんなとこに居んのよ?」と訊いた事があります。・・・失礼な男であります(汗)。
「子供達が卒業するまで、恥ずかしい思いはさせたくないのでっ(笑)♪」良い笑顔で答えてくれました。

詳しく聞くと旦那と別れ、3人の子供達を一人で育てているとの事でした。昼間は普通の会社に勤め、夜は『赤線』で働いているそうです。自分がかく恥などどうでもいいけれども、子供達だけには金銭的にも恥ずかしい思いはさせたくない・・・、笑顔でそう言っておりました。なんとも言えない気持ちになりました。

立派だとしか言いようがございません。簡単に親が子を殺し、子が親を殺す時代にあってこの生き様であります。正直、感動いたしました。銭があるのに給食費も払わないクズ親共に聞かせてやりたいものです。この人達に何かあれば飛んで行って助けてやろう・・・、そう思っております。

今では、ミカジメも取らずにケツを持っている組がある事にも納得がいきます。私もその内の一人であります。ママには、何かトラブルがあったらすぐに私の名前を出すように言ってあります。

法の陰で暮らす者達にも、心清い人間がたくさんいるものです。きっと世の中のどこかに矛盾があるのでしょう。何年か先に『赤線』の地域一帯に再開発の計画が浮上しております。あそこが無くなると困る人間がたくさんいる筈です。私にはどうする事もできませんが、無くなるその日まで温かく見守ろうと思っています。本当はどこかに受け皿を作ってやれれば良いのですが・・・。


世間では『売春婦』と蔑まれる事も多いと存じます。
しかし『赤線』には明るく前向きなエネルギーで溢れております。


『赤線』・・・強く明るく挫けない女性達が、自分達の力で作り出した尊敬すべき世界であります。

改めまして、明けましておめでとうございます。
久しぶりの更新になってしまいました(汗)。
皆様はどんな年末年始をお過ごしだったのでしょう。
年末年始も関係なくお仕事をされていた方も数多くいらっしゃると思います、ご苦労様でしたm(_ _)m。

私はいわゆる『地元組』、地元生まれの地元育ち、そのまま地元に根をおろした者であります。年末年始、ゴルデンウィーク、お盆、常に帰ってくる者を迎える立場でございます。日本中に散らばった友人・知人達が一斉に帰省し、その度に『飲み会』が行われるのです。先方からすれば1回~2回の飲み会かもしれませんが、こちらはたまったもんじゃありません。一日に二つも三つもの集まりを掛け持ちするなんて・・・、売れない演歌歌手のようなもんです。

皆それぞれに生活がございます。正月休暇も仕事始めも帰りの飛行機もバラバラであります。独身であれば帰省中のスケジュールも多少自由が利くのですが、家族持ちだとそうもいきません。親には孫を見せなければなりませんし、よその土地から連れて来た嫁をほったらかして自分だけ呑みに行く訳にもいきません。やはり結局はこっちが、彼らのスケジュールに合わせてやらなければいけません(汗)。

スケジュールもバラバラなら、趣味嗜好もバラバラであります。
居酒屋で満足な者、カニ等の特産品を食いたい者、色気を求める者、皆好き勝手でございます。一日に何軒かの居酒屋を廻るとグルメレポーターの大変さがよく解ります。そんな事を数日も続けると普通のメニューに飽きてしまい「一体誰が注文するんだこんな物」という物を食べてみたりするようになります。それを通り過ぎると『冷奴』とか『ナメコおろし』ばかりを注文するようになってしまいます。どの店もそれぞれ美味しい物を出しているのですが、しばらく居酒屋には行きたくありません(汗)。

面倒臭いのは、色気を求める馬鹿者共でございます。
我が街は、本州に比べるとキャバクラも風俗も安いのであります。低料金にもかかわらず美人が多い事でも有名です。こちらで言う『キャバクラ』は本州で言うところの『ランパブ』みたいな、少しエロいお店の事なのです。せっかく懐かしい面子が十数人も集まっているのに、必ず途中でキャバクラに行きたがる馬鹿がいるものです。それと風俗に行きたくて12時前に帰ろうとする奴も多くいます・・・(汗)。普段顔を合わせる機会なんてあまり無いのに、シモの方が大切なんでしょうかねぇ・・・。がっかりしてしまいます。

30日の晩、高校の同期生が男ばかり20数人で集まりました。一次会は気の利いた居酒屋で、二次会は私の知り合いの店を開けさせ貸しきりで呑んだのです。30人程しか入れない小さな店ですが、PM10時から貸切り飲み放題時間無制限で一人3000円です。安いっ!店側も最大限に気を使ってくれ、和気藹藹と呑んでいたのですが、やはり風俗に行きたいから帰るという馬鹿が二人出たのです。しかも『地元組』の人間です、・・・がっかりであります。

かなり気分を害したのですが怒っても盛り下がるだけなので普通に「おう!帰んな、帰んな。」と言いました。なのにその馬鹿が、さらに私に向かって「どっか紹介してくれ!」とほざいたものだから大変であります。かなり本気で頭にきました。
しかし怒鳴るような事があればせっかく集まったのに、皆に嫌な思いをさせてしまいます。仕方なくそいつらの首根っこを捕まえてカウンターの端に座らせ耳元でボソッと言いました。

「同級生だからって、あんまり調子こいて勘違いすんなよ。せっかく内地から帰ってきた奴とか、地元でも何年か振りに来た奴も集まってんだぞ。こんな集まりは毎年有る訳じゃねえだろ。地元の人間っちゅうのは帰ってきた人間を迎えるもんだろ。それが何よコラ、女抱きてぇから帰りますってかコラ。昔のダチよりそっちの方が大切って事か?俺はそういう薄っぺらい知恵遅れが大っ嫌いだからよぉ。帰るんなら帰れや、俺にはその程度のダチも知り合いも要らねぇからよ。明日からそこら辺で見かけたら、やっちまうぞ手前ぇ。そこら辺もう一遍考えろやコラ。」

 ※(皆様によくメールやコメントで普段の話し方について質問を頂きますが、普段の話し方はこんな感じであります。ラ行は殆ど巻き舌で非常にガラの悪い喋り方をします。もちろん敬語でキチンと話す事も可能です(汗)。)

私が言い終わると二人は「ゴメン、そこまで考えてなかった・・・。」と。
それを聞いて私も安心し、自分の言葉遣いの悪さを謝り、二人と乾杯しなおし、そして又全員で呑み直しました。その店にもダーツが有ったのでダーツ大会をやったり、カラオケで騒いだりと結局大騒ぎの宴となりました。夜中の1時を過ぎてパラリパラリと帰る者が出始め、最終的に3時でお開きになりました。
私は全員を見送った後もその店に残り、他のダーツ仲間を呼んでもう一騒ぎしてから帰りました。


1月2日の晩、東京から帰省中の幼馴染の女と二人で呑みに出ました。小中高と同じ学校に進み、何度も同じクラスになった事のある女であります。バツイチで相当な美人、そして私の事を下手な男友達よりも良~く理解してくれています(笑)。なかなか毎年とはいきませんが、なるべく正月には一緒に呑む事にしているのです。禁酒前、最後に酒を呑んだのはコイツとであります。去年は私がウーロン茶だったので、一緒に酒を呑むのは2年ぶりでした。

彼女と呑んでいる時に30日の出来事を話しました。
「アンタは変わんないね~、怒るポイントが(爆)♪ いきなりブン殴らなかっただけ大人になったんじゃないの~(爆)♪」
子供の頃から変わらぬ笑顔で爆笑されてしまいました。
彼女に言わせれば、私は小学生の時からあまり変わっていないらしいのです(汗)。まぁいつも笑顔で言われているので勝手に良い意味に解釈しております。変に自分を飾る事も無く、余計な虚勢を張る事も無く、幼馴染と呑むのは実にいいものであります。

やはり地元に残った人間は、他所から帰った友人をいつでも温かく迎えなければならないものだと思うのです。そんな義務など微塵もありませんが、逆の立場であれば相当嬉しい事だと思うのです。正月と言わず、いつ帰っても迎えてくれる・・・、そんな地元で在り続けてやりたいのであります。

どこで骨を埋める事になっても、自分の故郷を自慢しろ!
地元の人間の温かさを忘れるな!
・・・そう思っております。


「私もいつかこっちに帰って来たいなぁ~♪」
幼馴染の言葉を聞いて、私も嬉しく思います。

前回、揉め事の記事を書きました。
その時の若者たちを見て感じた事なのですが、『美学』という物を持ち合わせてはいないのだろうか・・・。私は基本的に男女を差別視する事はございません。しかし、ある程度の区別はしております。性別による違いまでもを否定する事は、間違っていると思うのです。

この世に性別が2種類あるのは仕方が無い事でございます。それを踏まえた上で、男には『男らしさ』、女には『女らしさ』というものが、とても大切なものだと考えております。それ以前に『人として』という部分が一番大切だという事は言うまでもありません。ジェンダーフリーなんて馬鹿げた事を言い出す、田嶋陽子みたいな者もおりますが、どっかの島にでも行って勝手にやれば良いと思っております。

さて男女の『らしさ』についてですが、やはり人それぞれに感覚の違いがあると存じております。一般論では無く、あくまでも私の主観でお話したいと思います。意見の違う方も多数おられるとは思うのですが、ひとつ広い心でお読み下さい。そして、女性の心理については特に自信がありませんのでどうかご理解を・・・m(__)m

一つ目に私の思う『男らしさ』とは『守る者』であれ、という事です。守る対象は、愛する人であったり、家族、仲間、仕事、理想・・・etc、様々なものであります。自分にとって大切なものを守るという行為には、当然のように強さが必要になってまいります。肉体的にも精神的にもヘナチョコな人間が、何かを守れるなんて全くの寝言であります。

肉体も精神も両方強いのが理想ではありますが、私的には精神の強さの方が若干大切と考えております。喧嘩が弱かろうが、痛い目に遭おうが『絶対に折れない心』、これは美しい物であります。しかし、大切な人を暴漢などから守る場合には『折れない心』も大した役には立ちません。そういった際には、肉体的な強さが物を言います。やはりどちらもある程度は必要なのでしょう。

二つ目には『与える者』であれ、という事です。仕事で稼いだ金を、自分の時間を、持っているものも、これから得るであろうものも、自分の人生も、全てを自分の愛する者の為に与えてしまえという事です。嫁や恋人に限定した意味ではありません。愛するものの為に使うからこそ、自分の人生に価値がついてくるものではないかと思っております。

三つ目には『芯を持て』、誰に何を言われても動じない信念を持てという事です。世間の目から見て正しくても、正しくなくても、それが本人の信念によるものであれば良しと思っております。あまりにも気チガイじみた信念を持たれても困ってしまいますが、大体のニュアンスでご理解下さい。

大まかにこの三つが私の思う『男らしさ』であります。
男の癖に化粧をするなとか、脱毛するなとか、ヒラヒラした服を着るなとか、細かい事を言えばキリがないのでやめておきます。あくまで大まかな概念の話であります。
そして、この『らしさ』という感覚がイコール『美学』というものだと思うのです。

私は30数年しか生きておりませんが、昔の日本には『美学』という概念がもっとしっかりと根付いていたのではないか、と思っております。弱い者イジメ、盗み、詐欺、言い訳、陰口、成金・・・etc、ひと昔前までは全部恥ずかしい事であったり、格好の悪い事として扱われていた筈なのです。一体どこでその感覚が失われてしまったのかは知りませんが、最近では若者はおろか年寄りまでも、節操の無い事を平気でしているように見受けられます。

例えを挙げると、『金持ちになる』・・・それだけを重要視して、そこに至る過程はさほど重要とは思われていない様な気がするのです。盗んでこようが、オレオレ詐欺をしようが、インサイダーをしようが、金を持った奴の勝ち・・・みたいな考えが横行しております。泥棒や年寄りを騙して掠(かす)め取った銭なんか、死んでも欲しくありません。生き方に美学を持っていれば、当然有り得ない事であると思います。

年金生活者や生活保護受給者には強い事を言うが、上司には逆らえない木っ端役人。自分達の不正には一切触れようとしないクソ警察。自らの保身しか考えられない、教員と教育委員会。人命に関わる大事な報道の直後に、浮かれた芸能人の下の話を放送するテレビ関係者。バーチャルな世界に逃げ込み、引きこもりの癖に偉そうな発言をする若者。自ら喧嘩を売っておいて、負けたからと言って卑怯な手で復讐をしようとする若者。全くもってキリが無い・・・、日本人にあるべき『美学』はどこにいったのでしょう。

生きる事に『美学』を持たない大人達が増え、そして次の世代を育て、それを又繰り返してきたのですから、節操が無くなってしまった若者を責めるのは少し酷かもしれません。
【武士は食わねど高楊枝】【情けは人の為ならず】【一寸の虫にも五分の魂】全て生きる上での美学が含まれております。まだまだ他にも先人達から受け継がれた良い諺が沢山ございます。


個人的な意見を言わせてもらえば『美学』を持たない人生なんて、不様で不格好なものでございます。意地も誇りも信念も、男女に同じく必要なものであります。『美学』とは人目を気にして格好をつけて暮らす、という事ではありません。時に人から笑われ泥をかぶるような選択をする事もまた『美学』であります。


風当たりが強い時も、好・不調の波もございます。
軸だけは曲がらないように気をつけて生きたいものであります。

最近あった揉め事のお話です。
私よりも10歳近く上、40も半ばにかかる板前さんがおります。田舎の港町の出身で、ちょっと高級な店に勤めております。年下の私にも敬語を使ってくれる物腰の柔らかい丁寧な人なのですが、実はなかなかの暴れん坊で有名な人でもあるのです(笑)。

その板前さんが、夏に傷害事件を起こし数日間留置されました。
仕事帰りに同僚とコンビニで弁当を選んでいたところ、後ろから2人組の若者に「ジジィが弁当なんか選んでないで、トットとどけろや!」というような事を言われたらしいのです。板前さんは振り向きザマに頭突きをくらわし、その後グシャグシャに殴り、もう一人の若者はそれを見て何やら叫びながら店の外に走って逃げて行ったそうです。そして大至急警察が来て、板前さんは留置場行きであります。

数日間留置の上、略式起訴で罰金約20万の処分が下りました。書面を見せて頂いたところ、被害者は全治2週間と記載されておりました。板前さんも大人気が無かったと反省し、罰金を払い終えた後に、被害者に対し治療費と休業分の補償を自ら申し出たそうです。被害者の若者は治療が終わったら連絡すると言って、それ以降連絡は途絶えたままでした。

ところが、最近になって突然その被害者から連絡がありました。事件からもう5ヶ月も経っております。板前さんはあまりにも連絡が来ないので、もうお金は要らないのかなぁなんて考えていたそうです。そしてその若者が請求書めいた書面を持って来たのですが、額面を見てビックリ、なかなか法外な金額でありました。5か月分の治療費と休業補償として計算されておりました。

流石に板前さんも困惑し、まずは私に相談という運びに至った訳であります。大体にして全治2週間と判決文にも書かれているのに、5ヶ月分を請求してくるとは随分とナメた小僧であります。その小僧と直接会って話をしたいと思い、「次に会う時は私も同席します。」と言いました。
小僧を呼び出す際には「男同士1対1でゆっくり話し合いましょう。」と言って呼び出して欲しい、とお願いいたしました。1対1では私が同席できないだろう・・・、と板前さんが不思議そうな顔をしておりました。黙って私の言う通りにやって下さいと、お願いいたしました。

待ち合わせにはファミレスを選びました。怒鳴ったり騒いだりするつもりは毛頭ありません。私は板前さんとは別の離れた席で、お茶を飲んでおりました。例の小僧が時間に少し遅れてやってまいりました、同じ年頃の若者と二人連れで。私にとっては予想通りの結果であります。2人が着席するのを確認して、私も板前さんの隣にドカッと座りました。

「あなたは何なんですか?」焦りながら訊いてまいります。
「そっちも部外者が混ざってんだから、同じ条件だろ。」
1対1の話し合いの場に同席すると言った理由は、先方が必ず誰かを連れて来ると思っていたからであります。とりあえず先方も納得の上で、予定通り話し合いに同席する事ができました。

まずは請求額の内訳に関わる書類を出すように言いました。病院の診断書、領収書、休業証明の事であります。しかし、その類の書類は用意していないと答えてきます。じゃあ何を根拠に、この金額を請求するのかを問いただしました。先方は口ごもり答える事ができません。
「何だよ、タカリかコラ。」静かに言うと、二人とも半ベソをかいて下を向いております。タカリの真似事をする程、悪そうにも見えない若者だったので違和感を感じておりました。

「誰かに入れ知恵されたんだろ、そいつら大至急呼べよ。」
試しに言ってみたのですが、これがビンゴ!彼のバイト先の上司とやらが来る事になりました。15分ほど板前さんと談笑しながら待っていると、来ました、来ました、ロン毛に派手なサングラスをしスーツを着込んだチンピラホスト風の兄ちゃん二人組(笑)。
現れるなり自己紹介もなく、私の前でしょぼくれる二人を指差しながら「こいつ、うちの従業員なんだけど何かあんの?」と・・・。
ああ・・・、なんて口のきき方を知らない子なんでしょう、この時点で私はすっかり楽しくなってしまいました(笑)。

とりあえず、まぁ座んなさいよと座らせて、先に説明した通り診断書、領収書、休業証明等の根拠も無い請求に答える事はできないと言う旨を伝えました。
するとこのチンピラホスト、「黙って払やぁいいんだコラ!こっちも出すもん出すぞコラ、オッサン!」いきなり居直られてしまいました。
面と向かってこんな事を言われたのは何年振りでしょう。
板前さんは呆然としておりました。
私も唖然としておりました。

数秒間ボーっとして、ふと我に返りジャニさん調で「ああ、出せば。すぐ電話しちゃいなよ(笑)」と。
「上等だコラ!」なんて言いながら大至急電話を掛けはじめるチンピラホスト。なにやら、ご苦労さんです!だの何だのと会話をしているので、電話を代わるよう促しました。

「神谷と申しますが、どちらさんですか?ああ、○○会のNさん。この前誘ってもらったのに行けなくてゴメンね。次はこっちから誘うよ!揉め事?別に揉めるような事じゃないんだけどサ、この元気の良いお兄ちゃんがおさまらんみたいでさぁ(笑)。大丈夫、大丈夫、殴らないよこんな者。こっちは揉める気なんか無いから!ああ、そう言えばオッサンって言われちゃったよ(爆)。気にしてないから良いけどね。今ファミレスに居るからおいでよ、飯でも食おうよ!うん、待ってるよぉ♪」

電話の向こうは、とても仲の良い他団体の先輩だったのです。チンピラホスト君は真っ青で無言になってしまいました。ほどなく偶然近くにいたNさんが、申し訳ないねぇ的な照れ笑いを浮かべやってまいりました。まあ飯でも頼もうよと、私と板前さんとNさんで食事を注文いたしました。食べながらまた一から順に起きた事を説明したのであります。

するとNさんは板前さんに「ご迷惑をおかけしました。こいつらには私からキツく言っておきますので。」と頭を下げたのです。板前さんは驚いてしまって「手を出したのはこちらですから、2週間分のお詫びはさせていただきます。」・・・と。そこで私が被害者の若者に「休業補償要る?」と訊くと、「いいえ、結構です。すいませんでした。」との事。
「まあ、本人も要らねぇみたいだから良いんじゃないの(笑)。」

その後のNさんの説教が長かった・・・。自分から喧嘩を売るような真似をし、負けといて文句を言うとは何事か・・・。さらにチンピラの真似事でタカリをかけるとは何事か・・・。人の名前を出して解決しようだなんて根性が悪い・・・。とかなんとかで、結局私と板前さんはファミレスに4時間もいるハメになりました(汗)。

最後にウェイトレスさんを呼んで、メニューに有る物を全部持って来るように言いました。4時間もいて売り上げが少なかったら申し訳ありません。
「お兄ちゃん達、全部食って、全部払えよ!残すなよ!」
一同、「はい。」
「良い返事できるんじゃないの。そんじゃな~♪」
私と板前さんとNさんは店を後にしました。

Nさんと別れ、板前さんと二人で呑みに行きました。その席で、「これ、少ないですけど。」と言って封筒を出されました。目の前で中身を数えると10万円、そのままお返しいたしました。
「目の前で中身数えてから返すのも何なんだけど、沢山入ってたんで充分気持ちは伝わりましたから。」
「いやぁ、それでは困りますよ。」
「じゃあ今度、店でアンコウ鍋ご馳走して下さい。でっかい奴♪」
「わかりました(笑)」

良い付き合いをしたい人から謝礼を受け取る事はできません。
今回の報酬は、高級料理屋のアンコウ鍋、しかもでっかい奴!
上出来であります(笑)。

本当は好きな人を連れて食べに行きたいところですが、現状それも叶いません。仕方がないので、例の妹分を連れて行ってこようと思います。

あいつは、いつも得をしております。(-_-メ)

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プロフィール
HN:
神谷 仁
性別:
男性
自己紹介:
生息地:北国の繁華街
趣 味:釣り・料理
好 物:寿司・そば
口 癖:生き様が悪りぃ
 敵 :嘘つき・警察
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