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雲のように…月のように…

雲のように飄々と…月のように夜道を照らし…

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祖父

いったい何が私のバックボーンになっているのか?
それは五年前に他界した祖父の存在であると考えております。私の祖父は二度の出兵から無事に帰還したツワモノでございます。同じ部隊で生き残ったのは祖父を含めてたったの3人だったそうです…(汗)。共働きの両親に代わり祖父母が私と兄の面倒を見てくれました。

私が小学生の頃、ケンカで顔に傷を作って家に帰ると『勝ったのか負けたのか?』と必ず聞かれるのです。正直に『負けた…』と答えるとゴツンと一発ゲンコツを張り『どんな事をしても良いから勝って来い!』と・・・。
ゲンコツが嫌で嘘をつき『勝った』と答えると『勝った奴がそんな面になるかっ嘘をつくな!』と又ゲンコツ(笑)。
ケンカに負けてその上ゲンコツかよ…この話だけをすると只の鬼のように思いますが驚くほど愛情に溢れる優しい人でした。

祖父はやると決めたらとことんやって来いと言い切る実に男くさい人だったのです。

祖父は若い頃、電気工事を生業とし田舎に大きな鉄塔を立てて歩いていたそうです。戦争帰りの恐いもの知らず、祖母も随分苦労したらしくよく泣きながら祖父の武勇伝を語っておりました。昔の電気工事事業には極道が普通に絡んでいたらしく親交はかなり深かったようです。今でも祖父の麻雀仲間の名前を数人覚えていますが、最近マンガになって発売されるほどの親分達の名前もあったぐらいです。
たぶん祖父は早くから幼い私の中にそういう要素を見い出していたのでしょう。

70歳を過ぎソファーでまどろみながら私の名前を呼び『不良にだけはなるなよ』と何度も何度も繰り返しておりました…毎日…毎日…。孫は全部で4人いたのですが昼寝の際には常に私の名前だけをうわ言のように繰り返しておりました…。やはりデキの悪い子は可愛いのでしょうか。

私に『無償の愛』を与え続けてくれた祖父のたった一つの願い『不良にだけはなるな』この事を守れなかった自分を責めずにいた日は一日としてありません。ですが、『やると決めたらとことんやって来いっ!』と言う声も同時に聞こえる気がするのです…


今でも毎月墓前で謝っております…。


『じいちゃん本当にゴメンなさい…』

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