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雲のように飄々と…月のように夜道を照らし…
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今まで敢えて避けてきた、パソコンとインターネットについてのお話しです。思いのほか広く普及し、携帯電話をも巻き込んでさらに広がりを見せる今、私の考え方も大きく変わってまいりました。
長くなってしまいますので、今回は問題点、次回は利点をお話したいと思います。
私は5年程前まで、パソコン自体をとても毛嫌いしておりました。理由はいくつか有ったのですが、その中で最も大きなものは「パソコンだけでは物が産まれない。」という事であります。IT産業などとよく判らない名称で呼ばれ、パソコン使いが妙にもてはやされていました。
ソフトが随分と進化し、建築図面などは資格の無い者でも比較的簡単に作成できるようになりました。面倒な強度の計算なども勝手にやってくれるのです。確かに、机の上での仕事は便利になりました。しかし、肝心の大工さんがいなければ建物は絶対に建たないのです。
机の上で物が生産される訳ではないのです。
当時、世の風潮がパソコンを後押ししておりました。パソコンを使えれば食いっぱぐれが無い、これからはパソコンの時代だ、なんて意見が横行していたのです。猫も杓子もパソコン、パソコン・・・。
俗に言う「ITバブル」の時期であります。
私は一番大切にすべきは、現場で働く人間だと思っております。
建築現場という意味ではございません。職人、料理人、農業、林業、漁業、鉄鋼業・・・etc、直接物を産み出す事に関わる全ての人達、この人達をなによりも尊ぶべきであります。
この考え方自体は、今でも全く変わっておりません。
パソコンが便利な物であるという事は、重々判っておりました。安易に手を汚さない方向に流されていく、そしてそれが正義と言わんばかりの世の風潮がひどく気に入りませんでした。多少筋違いになりますが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、パソコン自体を毛嫌いしていた訳でございます。
そんな私がなぜパソコンを覚えたかというと、それは至って不純な動機からであります。パソコンとネットを絶対視している連中を相手に、逆に商売をしてやろうと考えたのです。未成熟なネットの世界には、実際無造作に金が落ちていました。随分と拾って歩いたものです。その詳細は残念ながら言えません。最近は色々と規制ができて今までのような事はありませんが、そもそも私共が刺さる隙間があったというのが、ネットの抱える大きな問題点の一つであります。
その他にも、この強い匿名性、これがまた実に厄介な問題であります。ただ単に匿名性が問題を引き起こしているだけならば、いっその事オープンにしてしまえば簡単に解決なのです。しかし匿名性が保たれているからこそ、数多くの情報が流れ、そこに有意義な物も含まれてくるのであります。
本物も偽物もありとあらゆる物を、お構いなしに垂れ流した混沌とした場所、それがネットの世界だと思っております。
ネットで得られた情報が、虚偽であるか、真実であるか、判断するのは常にユーザーの気持ち一つでございます。ここら辺にも危険な香りがプンプンといたします。身近に相談できる友人などがいれば良いのですが、ネットの世界に極度に依存してしまうと、とんでもない方向に流されてしまう場合がございます。
一人で死ぬのは怖いので皆で一緒に自殺しよう、違法だけど絶対に捕まらないバイトがあります、少しの投資で必ず大金を得られます・・・冷静な判断力を持っている人間であればロクなもんじゃない事はすぐに判ります。
落ち込んでいたり、孤独感に悩まされていたり、貧困に喘いでいたり、と弱っている方々は不思議と『負のエネルギー』に強く惹きつけられてしまうのが世の常であります。
パソコンもネットも道具であります。
包丁と同様、使い方一つで素晴らしい料理もできるし、人殺しの道具にもなり得ます。
どう使うかは、使い手の気持ち一つでございます。
まだまだ数多くの問題点はございますが、決して悪い部分だけではございません。『負』が有れば必ず『正』がございます。
次回は『良い部分』をお話したいと思います。