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小学6年生の子供達を調査したところ、毎年確実に『体力』『知力』が低下しているそうです。
そりゃあそうだろうな、と普通に思ってしまいました。習い事や塾に行かなければならない子供も多いし、そうでない子供達にもゲームやパソコンが有りますから。恐ろしいことに今の時代、貧乏な家でもプレステⅡ程度は必ず有るのです。
マスコミの言い分はこうです、「親が無関心」「学校教育のレベルが低い」「今の子供達が無気力」etc 。どれもが絡み合っての結果なのでしょうが、まるで他人事みたいに・・・。テレビ業界がもう少し頭を使って電波を飛ばせば、この程度の問題は解決してしまうのですが、この話をすると長くなるのでやめておきます。
私は子供達には一切の責任は無いと思っております。
私共が小学生の頃、塾に行っているなんて子は普通におりませんでしたし、習い事は良いトコの子しか行きませんでした。ゲームウォッチなんて物が出てきた世代なのですが、家に閉じこもってまでやる程の物ではありませんでした。家にポツンと一人でいても退屈だから外で遊んでいただけなのです。ゲームセンターにも行きたかったのですが、怖いお兄さん方にカツアゲされてしまいますから(笑)。
今の子供達とはまるっきり状況が違います。家にいて退屈しないだけの設備があったら外に出ませんよ普通。では買い与えた親のせいなのか?これも違うと思います。ゲームは親の世代がやっても楽しいんです。その楽しさを知っていたら、子供にねだられた時に断りきれないと思います。どこの家庭にもあると思えばなおさらの事であります。
外で走り回る機会が減ったのですから当然『体力』は低下するでしょう。
では『知力』はどうなのでしょう。
先日、友人の子供(小学4年生)の教科書を見る機会がありました。ビックリいたしました、カラフルで・・・(笑)。挿絵ばかりがやたらと多く、漢字が異常に少ないのです。あんな物を人様の子供に配っておいて『知力』が低下しただなんて、ただの教育委員会の嫌がらせでございます。親の関心も子供の気力も関係ありません。たとえ教員共が真面目に教えても所詮あの教科書止まりであります。あの絵本のような教科書には悪意を感じてしまいました(怒)。
今は塾に通う子供達も多く見受けられます。じゃあ『知力』は上がるんじゃないの?いやいや、そんなに簡単なものでしょうか。
ここで無気力というものが絡んできます。子供達だって耳をふさぎ目をつぶって生きている訳ではございません。勉強をした先に何があるのか、そのビジョンが見えないのであります。
将来、研究者になって世の中を便利にしたい。
これ以上?すでに充分便利で何不自由ないじゃないですか。
医者になって人助けをしたい。
もう誰の目にも医者は人を助ける職として映ってはいませんよね。
他の職業に対しても同じです、頑張って勉強して得られるメリットという物を子供目線ながら測っているのです。いくらうわべで勉強したところで身につく訳がありません。
どうすれば子供達が気力溢れ、知力・体力ともに向上するのか。
そんなもんに明確な答えはありません。時代の大きな流れでこうなった訳ですから。銭や物に囚われて、肝心な人としての生き様というものを無視してきたペナルティであります。国の教育方針だとか、親の自覚だとかで今更止められるような小さな流れではないと思っております。
だからと言って親は諦めてはいけません、絶対に。
偉そうな事を言っていても私には嫁も子供もおりません。
ですが何人かのお子さんに名前を付けさせていただいた事がございます。たとえ人様の子であろうと、その子達にはブン殴ってでも人としての大切な物を教えたいと思っております。
勉強なんかできなくても良いから、真っすぐないい者になって欲しいなぁ・・・と。
でもそんな風に育つと余計な苦労もしてしまうかもしれませんね・・・。
ご指摘ありがとうございました。研究者を志した事もなく、研究者のお気持ちも察する事無く、軽いノリで書いてしまいました。戯言のようなブログですがたまに覗いていただけると光栄です。
極論は、全てが絡み合ってこうなったのだ、ということなのだと思いますが、やっぱり私は社会がどんどん便利になって、あることが、できることが当たり前になってしまって、社会全体の向上心とかそういったものが無くなってしまったように感じます。
ちなみに流さんの意見に横槍を入れてしまい申し訳ないのですが、それこそ色々な研究者がいるのだと思います。
神谷さんのおっしゃったように、きっかけは「便利にしたい!」という人もいれば、流さんのおっしゃるように知的欲求から研究する人もいれば、あんまりいないとは思いますが、生活のためになんとなくズルズル続けている人もいるのではないかと…。
私の父親は研究職なのですが、もとから知的好奇心旺盛で、かつ便利さを出発点にして常に研究していますね。
すいません。それだけでした。
話は飛びますが、やっぱり子供は愛さなくちゃいけません。
私もたかだか35年しか生きていない訳ですが、最近の子供が可哀相に思えてしようがありません。ちなみに子供は大嫌いなのですが・・・(汗)。勉強・遊び共に便利になったと思う反面、大きな物が抜けているような感じがいたします。今時は工作キットなんて物が文房具屋に売ってたりしますが、私らの頃にはそんな小洒落た物など無く、近所の現場から木っ端を盗んできては船だの車だの色々な物を作ったものです。贈答品のお菓子の箱に綿を敷き詰めて昆虫標本を作ったり。大概の女の子はドン引きでしたが・・・。ああいうのが実に楽しかった、今思い出しても楽しいのです。今は田舎にでも行かなくては、そんな経験をする事は無いのですから。無理矢理色々なものを詰め込まれて、感性もクソも育つ訳がありません。せっかくこの世に生まれてきたのだから、後で思い出しても本当に楽しかったなぁと思える幼少時代を過ごして欲しいと思っています。これは間違いなく大人の仕事であります。
これも長い歴史のほんの一コマですからもう後戻りする事は無いのでしょうね。
いつも読んで頂いて、そしてコメントもして頂きありがとうございます。
今の子供達の子供・・・考えたら怖くなりますね。親子の会話もメールになるんでしょうか(汗)。人としての喜びを味わえる未来になる事を願うばかりです。
しんさん、また是非いらしてください。
教育…この子がこれから大きくなるにつれて、切実な問題になってきます。 理想を言えばキリがありませんが、大事なのは その時期に必要な事を、経験出来てるかどうか…
小さい時は好奇心旺盛なので、何にでも興味を持つ時期です。
小さな目に映るモノ、経験する事は全て知識となり、成長する上で大切な 糧となります。
社会のルールや危険な事は、遊びを通して子供なりに理解していくのでは?
でも、今は外遊びをする子がほとんどいません…。ゲームだけでなく、大人達による身勝手極まりない事件のせいで。
私達が子供の頃には思いもしなかった事が、弊害となって表れて、外遊びも満足にさせてやれない状況になってるのも、一つの原因では…と、やる瀬なく思います。
話しが逸れてしまいましたが、幼児期に遊びを通して必要な経験をしていないから、自分で考える力や学ぶ事、体力の低下にも繋がってるように思います。
今の子供に多いのは、他人任せな考え…してもらって当たり前的な考えで
、感謝の気持ちを持てない、無感動な子達のなんと多い事…
それはやはり、今の世の中、親の責任に他ならない事…哀しくなります。
子供は親の背を見て育つ…今はもう、死語に近いのかもしれませんが、私はその考えを大切にしたい。
生きていく上で本当に必要な事、大切な事は何かをちゃんと教えられる母親になりたいと思います。
思いのこもったコメントありがとうございます。
12月の予定なのですね。やはり今回頂いたコメントを見ても、貴方は立派な母親になれると思いました。子育ての大変さに心が折れてしまいさえしなければ、きっと素敵な母親になる事でしょう。
私の地元には大きな市営団地がございます。そこには片親の家庭が随分と沢山在りました。同級生も多数居る訳ですが、親が曲がっていなければ子供も真っすぐに育ちます。私と同じく不良になった者もおりますが、その心根は真っすぐな人間です。貴方の言う通り、子は親の背をみて育つものです。たとえ何一つ教えてやらなくても。
これから寒い季節がやって参ります。どうかお身体御自愛下さい。