忍者ブログ
雲のように飄々と…月のように夜道を照らし…
[2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

日本時間で2月19日の午前中、NBAのオールスターゲームが開催されました。NBAとはアメリカのメジャースポーツの一つ【バスケットボール】、ナショナル・バスケットボール・アソシエーションの略であります。
私は、スポーツ観戦の中でNBAが一番好きなのです!
NBAファンにとって今日は一年に一度の特別な日であります。

私自身は、バスケットボールの経験は殆どございません。学校の授業で数時間やった程度であります。そんな私が観てもNBAは実に面白い!とにかく凄いんです。2メートルもある選手達が物凄いスピードで走って、さらに飛ぶんです。騙されたと思って一度観て下さい。ルールなんて知らなくても充分楽しむ事ができる筈です。

不思議な事に日本のリーグや世界選手権、オリンピック等では観戦してそれほど面白いスポーツでは無いのです。(好きな方がいたら、ごめんなさい。)【NBA】だけは別格であります。NBAを全く知らない人でも、マイケル・ジョーダンの名前位は聞いた事があると思います。

私が、初めてNBAを観たのは17歳の頃だったと思います。当時私は空手をやっておりまして、流派違いの友人がその年のオールスターゲームのビデオを持ってきてくれたのです。格闘馬鹿だった私は【熊殺し】の異名を持つウィリー・ウィリアムスという黒人が人類で最強だと真剣に思っておりました(笑)。ウィリーも2メートルの大男であります。

ところが友人の持って来たビデオを観ると、どうみてもウィリーよりも身体能力が高くて強そうな連中が、走って飛んで大暴れであります。信じられませんでした・・・。どうしてこんな化け物並みの凄い連中が【玉入れ】なんかを真剣にやっているのだろう・・・、そう思いました。しかし、疑問はすぐに解決いたしました。年俸も化け物並だからであります(笑)。

当時のNBAプレイヤーの最低年俸は24万ドルだったそうです。1ドル100円としても2400万円です。補欠の誰も知らない選手の年俸がそれであります。○億円プレイヤーなんて普通の事なのです(汗)。アメリカの4大スポーツ、野球、バスケ、フットボール、アイスホッケーは皆同様に高給を配しているようです。だからこそ、とんでもない選手達が集まってくるのでしょう。

ことNBAに関しては若干世界基準とはルールが違うのです。世界共通のルールでは20分ハーフの前後半制ですが、NBAでは12分ごとの4クォーター制です。3点シュートのラインは約1メートルも遠く、一度の攻撃に使える時間は6秒も短いのです(世界共通ルールは30秒)。これは攻守の展開をスピードアップして観客を楽しませる為に改善されたルールであります。まだまだ細かい相違点はあるのですがやめておきます・・・。

あと非常に面白いのはドラフトのシステムであります。
ちょっと複雑な部分はあるのですが、簡単に言うと成績の悪かったチームから選手を獲得する事ができるのです。なんと、基本的に選手には拒否する権利がありません。
日本の野球界とは違い「12球団の中で日本ハムにだけは行きたくなかったので進学します。」なんてクソ生意気な口はきけないのです。
あのガキめ・・・(怒)。(-_-メ)

これがどういう事かと申しますと、弱弱なチームが数年後には強豪チームに生まれ変わる可能性が高くなるのです。日本ハムや千葉ロッテのように20年も30年も待たなくても強くなれるのです。金が有れば一流選手を集められる、といった不公平を解消するために作られたシステムであります。
日本の野球で言えば『読売ジャイアンツ』ですね。
日本ハムから小笠原を金で引き抜きやがって・・・(怒)。
あのジジイめ・・・(怒)。(-_-メ)

このドラフトシステムは本当に素晴らしい。選手からの逆指名なんぞ最初から存在しませんし、どうしても違うチームでプレーしたいのならば、数年間プレーした後にトレードを希望すれば良いのです。トレードとなれば確実な戦力と交換できる事になるので、放出したチームも損はいたしません。今思えばマイケル・ジョーダンが入団した頃、シカゴ・ブルズは鼻クソのような弱小チームでした。

このようにアメリカのメジャースポーツは、観る者や応援する者を第一に考え作られています。映画や音楽でもそうですが、ことエンターテイメントに於いてはヤンキー共の感覚に感心いたします。一部の上流階級の馬鹿共がテングになってさえいなければ良い民族だと思うのですが・・・。


まぁ、とりあえず【NBA】は良い!
オールスターゲームの興奮がまだ冷めやりません(笑)。いつの日かオールスターゲームとNBAファイナル(決勝戦)を現地で観るのが夢であります。

ちなみに私は【ユタ・ジャズ】という微妙なチームの熱狂的なファンであります(照)。


今回、興味の無い方には申し訳ありませんでした・・・m(_ _)m

PR

【たかじんのそこまで言って委員会】というTV番組がございます。
本日のテーマの一つは『暴力団について』でした。
元公安の偉いオッサンをゲストに呼んで、『暴力団』の動向と是非について語っておりました。

番組のノッケから『暴力団!』の連呼であります・・・。
個人的な希望を申しますと、せめて『ヤクザ』と表現して頂きたかった気がいたします。まぁ、それはいつもの事なのでもう良いです・・・。
そして、出演者はこんな感じです。
司会  :やしきたかじん、辛坊治郎(読売テレビ解説委員)
パネラー: 三宅久之、金 美齢、鴻池祥肇、宮崎哲弥、橋下 徹、ケビン・クローン、桂ざこば、南美希子
ゲスト :菅沼光弘(元公安調査庁調査第二部長)

日曜のこの番組と、月曜の【TVタックル】はいつも楽しみに観ているのですが、今日は冒頭からの『暴力団』連呼に少しブルーな感じで観ておりました。ところが、私の予想と裏腹に番組自体はとても不思議な空気を漂わせて進んで行きました。普通であれば、有る事や無い事まで言われて徹底的に非難を浴びるのが、この手の番組の常であります。しかし、ゲストに呼ばれた元公安までもが暗に『必要悪である』という発言を繰り返しておりました。
以外であります(驚)。

『茶髪の弁護士』でお馴染みの橋下弁護士がこんな発言をしておりました。「弁護士が悪い。司法のシステムが悪い。金ばかり掛かってトラブルをすぐに解決できない弁護士よりも、安くて早いヤクザ屋さんの方に頼むのが当たり前だ!」
この人、絶対に弁護士協会から怒られますよ・・・(汗)。
まぁ、本当の事なんですけどね(笑)。

個人的な金銭の貸借などのトラブルは、民事裁判で争って長びけば1年以上かかる場合も普通にあるものなのです。弁護士に依頼するとなると少なからず着手金や、その都度その都度の相談料が必要になるケースもございます。そのくだらないシステムの中に居て、どうにもできないジレンマがきっと彼らにも在るのでしょう。

常々思う事なのですが、民事事件全てに於いて公的機関はきちんと機能していない気がいたします。例えば、1~2年前テレビで話題になった『騒音ババア』。あのラジカセをガンガン鳴らして布団を叩いていたキチガイ婆であります。被害者のお宅では数年間も警察に助けを求め続けていたそうです。各地で現在も起こり続けているストーカー問題も同じであります。

この程度の問題であれば、私共の手にかかれば瞬時に解決であります。しかしながら、ここで一つ新たに重要な問題が浮上してきます。それは、私共の解決方法であります。世間のご批判を覚悟の上で言わせて頂けば、その手段は大抵の場合『暴力』という事になります。言葉が通じない阿呆は殴るしか無い・・・、これが長きに亘る私共の方針であります。

常に最後は暴力で解決する・・・、決してそんな姿勢で物事に臨んでいる訳ではございません。しかし、私共は『実力行使』を必ず選択肢の一つとして持っている事は事実であります。そこに私共なりの『義侠の心』というものが存在しなければ、ただの『暴力』になってしまうのかも知れません。
とても微妙で難しいものであります・・・。


以前、ホストに結婚をチラつかされて200万も取られた看護婦が、人を介して私の元に相談に来た事がございます。まぁ、ホストなんざに引っ掛かった女が悪いと思って聞いていたのですが、ホストである事も後で判った事らしいのです。事情を聞いた後に、その馬鹿ホストの店に電話をかけてみましたら「僕ら、それが仕事ですからっ!」と言って一方的に電話を切られました。

大至急、その看護婦さんを連れて店に行きました。私はその馬鹿の顔を知りませんので、店に入ったらすぐにそいつを指差すように支持しました。彼女が指差した先の馬鹿ホストは接客中だったのですが、私はつかつかと歩いて行き無言のままいきなりブン殴りました。徹底的に・・・。あっと言う間の事でした。

その後、気絶している馬鹿の足を持って白いスーツを着た店長らしきホストの前まで引きずって行きました。「このクズがこの娘から200引っ掛けたらしいから大至急返せ!お前の責任でやれよ。明日の今頃取りに来るから用意しとけよ。」と言い残して帰りました。ほんの5分位ですから、警察が来る暇もありませんでした。

次の日、もしかしたら警察がいて逮捕まであるな・・・と思いながらその店に行きました。殴られた本人の姿は無く、白いスーツのホストが別室で待っておりました。ちゃんと200万プラス50万を用意して・・・。警察も呼ばず、なかなか大したものであります。

この件も知らない人間が見れば、異常なまでの『暴力』であります。いきなり店に入ってきた人間が、突然一人をグシャグシャにして帰って行くんですから尋常じゃありません。ですが、事情を知れば賛否両論の意見に分かれることでしょう。
それでも賛否両論なのでしょうけど・・・。


いつも申しておりますように、私共の業界を肯定する何物も持ち合わせてはおりません。私自身、『悪』であるのか『必要悪』であるのかさっぱり判りません。ですが、少しだけ言い訳をさせて頂けば、これでも私なりに正しいと思い行動しているのであります。法を管理する者が、私の行動を正しくないと判断し処罰を与えるのならば、それに殉ずる覚悟はしております。


前回の記事を掲載してほどなく観た番組だったので、色々と考えてしまいました。番組内では、批判と共に肯定に近い意見も多くて本当に驚いてしまいました(汗)。


最後に三宅の爺さんが「悪いもんは悪いんですよ!」と言ったのが印象的でした。


あの爺さん・・・、普段の私と同じ事を言っています(笑)。

先日の東京で起きた発砲事件に絡んで、皆様方からご心配のメールを多数頂きました。事件に何の影響も受ける事無く、日々平穏に暮らしております。
ご心配、ありがとうございましたm(_ _)m。

そんなご心配を受けるのも、ブログの更新が滞っているのが原因としきりに反省しております。事件などとは関係無く、ただ単に忙しいだけであります・・・(汗)。ごめんなさい・・・。
ただ今回、少しだけ気になった事がございます。皆様は、私共の業界にどんなイメージをお持ちなのでしょうか。

今まで一度も代紋の話には触れませんでしたが、北海道では8割方が菱の代紋を掲げております。私共もその中の一組織であります。同じ菱の代紋と言いましても、本家も系列もバラバラでございます。そして付き合いもバラバラ、決して皆が一様に仲が良い訳ではありません。代紋違いの関東組織でも、良い付き合いをしている場合が多々あるものです。

本家が関西だの関東だのと言ってみても、所詮は所属している人間の大半が地元民であります。看板が違うから仲良くするな・・・、と言う方が不自然な事なのです。同じ地域や、同じ暴走族からこの業界を目指しても、選ぶ組織は個人個人でバラバラでございます。幼馴染で違う組織、なんて事も良くある話なのです。

組織の大きさや形態も様々であります。一丸となって堅い正業を持っている組もあれば、個人個人が好き勝手に稼ぐ組もございます。私のところは好き勝手のパターンであります。組費(※1)や使い物(※2)もそれぞれに違い、負担が楽な組もあれば、金ばっかり吸い上げる組もあるのです。複数の他団体の者が集まれば「お前んトコは良いなぁ。」なんてお互いに言い合っております。

(※1)毎月何万円という決った額を組に納める費用です。会費や上納金と言われる事もあります。事務所の経費などはここから支出されます。組員の役職によっても金額が変わります。(※2)お歳暮やお中元、香典やお祝いなどを皆の頭数で割って分担します。付き合いの多い組織になると、これだけでも結構な負担になるものです(汗)。

皆様は、やはり映画のようなイメージをお持ちなのでしょうか。当然の事ながら、映画がリアルな部分を描いている訳がございません(笑)。ヤクザと言えど結構普通の暮らしをしているものであります。そんなに普段からバイオレンスに満ちた日常を送ってはおりません。

以前、2チャンネルをチラッと見ましたところ酷い事ばかり書かれていました(笑)。今時はヤクザも学歴が重要視されるとか、若い者はすぐに鉄砲玉にされるとか・・・(爆笑)。どんな人がふざけて書いているのか分りませんが、9割以上が嘘ばかりであります。しかし、きっと世間の皆様は少なからずそういった目で私達を見ているのでしょう(汗)。

地元で大卒のヤクザなど、一人も見た事はありません(笑)。それに今時鉄砲玉って・・・、ヒットマンは腹の据わった凄い男の仕事であります。今回の東京の事件にしてもそうですが、ガキなんかにそんな重要な仕事を任せる訳がございません。一般の方々に理解して頂こうとは思いませんが、並々ならぬ覚悟が要るものなのです。

ついでに軽く稼ぎ(シノギ)にも触れようと思います。
先のお話のように稼ぎも各組織、そして個人でバラバラでございます。一般に我々の世界で正業と言えば、建築全般、不動産、中古車、飲食業、風俗業、リサイクル事業などが代表的なところでしょうか。本州の大きな組織になると、株取引やシステム金融なども対称になるのでしょう。

これに対して裏の稼業と言うと、ドラッグ、売春、コピーブランド、裏DVD、恐喝、泥棒・・・etc、もう何でもござれという状況であります。こういう暗い部分を抱えている為に『犯罪者集団』とか『暴力団』などと称されても全く反論ができないのであります。私達が直接関与していようがいなかろうが、同じ代紋を掲げていれば結局は同類であります。ご批判は甘んじて受けようと常々思っております。

我が業界には、意外なほどクリエイティブな人間が多いように思うのです。正業にしても裏稼業にしても「最近アレが良いらしい!」という噂を聞いた時に、すぐにその噂を調べて「おっ、じゃあやってみるか!」なんてノリで仕事をできる人間はそうそう居るものではありません。当然のように、失敗するリスクもそれなりにあるのですから・・・。

ロシアに車を輸出すれば儲かるらしい・・・。
大至急ロシア語を勉強し、古物商を取得し、中古車オークションに加盟する。車を売るついでに、覚えたロシア語を使い海産物を密輸入・・・。今から10年近く前、北海道中の港はヤクザで溢れておりました。

コピーブランドが売れるらしい・・・。
大至急韓国や中国にルートを開拓して、即輸入。
松下電器が欠陥ストーブを高値で買い取るらしい・・・。
動かせる人間をフル動員して指定のストーブを大量に即回収。

ネットが儲かるらしい・・・。
内装業が儲かるらしい・・・。
産廃事業の資格を取得したら良いらしい・・・。
プレステ3が手に入らないらしい・・・。

○○が良いらしい・・・、と聞けば即それを調べてすぐに行動に移す。良くも悪くもかなり行動的で、しかもそれなりの結果を出している事が多いのであります。まぁ、良くも悪くもなのですが・・・。元ヤクザで現在成功している事業家が多いのは、こういった環境からくるものなのかもしれません。個々の行動力と創造性では、一般企業に負ける事は無いでしょう。

明るい方向に拓けて行く者がいれば、必ず暗い方向に掘り下げて行く者が現れます。外国人やガキを使い窃盗をやらせる者、オレオレ詐欺を全国に組織的に展開する者、ドラッグに手を染める者・・・。今の組織体制では、この類の事で逮捕者を出すとどんなに大きな組でもかなり重い処分が課せられます。それを判っていても尚、この類の稼ぎに手を出す輩が減らないのだからどうしようもありません。やはり『ならず者集団』と言われても仕方がないのであります・・・。

一概にヤクザと言っても、大半の者は日々自分の仕事に追われております。以外かもしれませんが実際の姿はそんなものです(苦笑)。遠く本州で抗争が起きたとしても、自分の系列の上部組織でもない限りは何の影響もございません。末端組織に至るまで待機命令が出たとしても、知った事じゃありません。上の者から言われた事を「ハイ、ハイ!」と素直に聞く人間ならば、最初からヤクザになんかなっておりません(笑)。

・・・と言った訳で東京の縄張り争いは、私共には関係ありません。札幌で起きた身内同士の殺しも、私共には一切関係ありませんのでご安心下さい。更新が滞っているのは、恥ずかしながら日々の仕事に追われているからでございます・・・(汗)。なかなか映画のように格好良くはいかないものであります。


昨日、『国粋会』の工藤会長がお亡くなりになりました。今のところ自殺と言われております。関東の老舗組織で1000人の子分を持つ大親分であります。映画に出てくるような極道人生を送った大親分は、最後に何を想い、そして何を見たのでしょう。


何故か気になって仕方ありません・・・。

前回記事を更新した次の日だったと思います。
夜中の2時半に無性にラーメンを食べたくなりました。
街にもラーメン屋はたくさんあるのですが、なんとなく気分転換に郊外のラーメン屋に行く事にしました。夏場なら車で15分程度、しかし冬道では30分近くかかります。
誰もいない冬の道を走るのが結構好きであります。

実家の方向にポツンと一軒だけ朝方まで営業しているラーメン屋がございます。近所に呑み屋がある訳でもないのに朝方まで・・・、不思議な店です。昔、繁華街で水商売をしていたらしく、ラーメン屋の癖にやたらと客に話しかける変な大将であります。
顔馴染みになったのは4~5年前でしょうか。

予定通り3時頃に店に着きました。
客はいなくて、大将が一人で焼酎を呑んでおりました(汗)。
「いらっしゃいませ。ああ~、しばらく振りですね~!ネギ味噌チャーシューで良いですか?」
4ヶ月ぶりで行ったのに、何を食うかよく覚えているものであります・・・。まぁ、食うものは決っているのですが、一応オーダー位聞けよと思いながら漫画を読んでおりました。

「街は忙しいですか?」
「まあまあだよ・・・。」(-。-)y-~~~~
「人はたくさん出てますか?」
「まあまあだよ・・・。」(-。-)y-~~~~
「神谷さんも忙しいんですか?」
「まあまあだな・・・。って全部同じ質問じゃねぇか。うるせぇなぁ全く!」
「ははは♪スイマセン。」

うるさいので漫画を読むのをやめました(苦笑)。
「何よ、最近そんなに暇なのかい?」
「ひどいもんですよ。人間こんな風に死ぬのかなぁ、なんて思ってます。」
エッ? 質問の答えになってないし、意味わかんないし、何を言い出してんだこのオヤジは・・・(汗)。ちょっと話を先に進めたくない展開であります。

「な、何、自殺考えるほど暇なのかい?」
「店が暇だからって訳じゃないけど、自殺は考えますねぇ。」
ラーメン作りながらする話じゃないだろっ!軽いドライブ気分でわざわざ遠くまで来たのに、えらい店をチョイスしてしまいました・・・。
出てきたラーメンは、いつもと同じ美味しいラーメンだったので少し安心いたしました。

ラーメンを食いながら「うん、うん。」と話を聞いておりますと、昨年離婚をしたのだそうです。この大将、今年57歳になるのですが、近年話題の『熟年離婚』という奴でございます。とうとう身近なところで目にするようになってまいりました。一方的に大将からの話しか聞いておりませんので、どちらが悪いかなどは私にはわかりません。

大将の話では、奥様は変な宗教にハマってしまったようなのであります。その団体に入信して同じ墓に入ってくれないのなら離婚するといきなり言われたらしいのです。大将がその事で悩み回答を先延ばしにしていたら、奥様は早々に家を出て行き、その後離婚調停で正式に離婚したそうです。

私の知る限りこの大将は物腰の柔らかい、誰に対しても優しい男であります。仕事も真面目で、もうとっくに成人した2人の娘さんの話をいつも楽しそうにしておりました。きっと家族にも愛情を注いできたのだろうと想像しています。私の目からは『良き父親』としか思えないのであります。

大将はその宗教の所為だと言っておりました。しかし、そんなおかしな宗教に走ってしまった奥様の心境とはどんなものだったのでしょうか・・・。ここからは私の想像でしかありませんが、イカレ宗教なんぞにハマる人間はどうしようもない『寂しさ』や『虚しさ』に負けてしまった人間であります。家族のためにと仕事ばかりしていた大将は、奥様の変調に気付いてやれなかったのではないでしょうか。

以前『熟年離婚』の理由に関するアンケートで女性側の上位の方に《病気で寝込んでいる自分を放ったらかしで、主人は仕事をしていた。》という回答がありました。男性陣から言えば「俺が仕事をして稼いだ金で皆を養っているのだから仕方がないだろう。」きっとそう答える事でしょう。命に関わる病気じゃなければ別にいいだろ、そんな感覚ではないかと思います。世の男達のほとんどがそうだと思うのですが・・・。

男女共に何年も何十年も一緒に暮らしていれば、お互いに色々な不満を抱えているのが当然でしょう。そして、互いに想像もつかない部分に不満を抱えていたりするものであります。私自身、たったの9年半の同棲生活で「うそぉ?そんな事気にしてたのかよ?」という事がたくさんございます。年月というのは、思いやりを少しずつ擦り減らすものかもしれませんね。

大切な奥様をお持ちの方は、奥様が病気になった時は1日だけ休んで家にいて、家事やお世話をしてあげて下さい。1日位仕事を休んでもバチは当たりません。大事な嫁のために1日休んだ位でダメになるような仕事なら、そんなもん仕事でも何でもありません。転職をお勧めいたしします。

「私の57年、なんだったんでしょうねぇ・・・」
人生の疲れが言わせるのか、酒の酔いが言わせるのか重たい言葉であります。ラーメンをたいらげてから2時間も話を聞かされておりました。

「20歳も上の人生の先輩にこんな事を言うのも何なんだけどもサ。今手前ぇでくたばれば自分でも何だか解らねぇクソみたいな人生で終わるかもしれないし、この先もうちょっと頑張って良い事探せば死ぬ間際に、色々あったけれども俺は良い人生を送ったなぁって思える日が来るかもしれないし、全部大将の気の持ちようじゃないの?答えは全部大将の中にしか無ぇじゃん。俺が自殺するとしたら、もう思い残す事は無いって位に納得して死にたいね。まぁ、止めはしないけど飯食う店が一軒減るのは淋しいねぇ。不良が生意気言ってアレだけど、何かゴメンね!」

「そうですよね。私の中の問題ですよね・・・。神谷さんと話すと元気が出ます。たまにで良いんで通りかかったら寄って下さいね!」と言ってくれました。
「閉まってたら死んだと思うからなぁっ!」と言って帰ってきました。たかがラーメンを食うのに2時間弱、何なのでしょう・・・。時計は、朝の5時を回っておりました。


『熟年離婚』・・・若い内の離婚と違い、強烈に寂しいものであります。互いの人生を共にする、そう決める『伴侶』というものを改めて考えさせられました。いつまでも相手の事を第一に考えられる、そんな人と過ごしたいなぁ・・・と。


皆様、旦那様や奥様をいつまでも大切に!


急に独りで居る事が寂しくなってしまいました・・・。

やっと更新する事ができました・・・(汗)。
ふと気がつけば2月に入って初の記事であります。
この数日忙しく何をしていたのかというと、実は解体工事の現場に出ておりました・・・。

昨年から仲の良い先輩二人と『人夫貸し』をやっております。お洒落な言い方をすれば人材派遣業でございます。ウチの場合は、建築全般に人を派遣しているのであります。

今回は、繁華街の真ん中にある小さなビルの内装を全て取り払う工事を取ってまいりました。元受業者からは職人を8人入れて5日の工期でやってくれとの事でした。ところが、着工前日になって頭をやらせていた若い者と連絡が取れなくなってしまいました。欠員1人分を穴埋めすれば良い事なのですが、現場の指揮をとる者がおりません。結局、建築業に一番詳しい私が現場に出るハメになってしまいました・・・。

作業服を着て現場に出るなんて実に10年ぶりであります。
当日、朝8時前に現場に着くと作業服姿の私を見て職人達は事態が把握できずに固まっておりました。
「お、おはようございます。どうしたんですか?」
「どうもこうもねぇよ・・・。○○の野郎、電話に出ないんだよ。把握してる奴居ないから、代わりに俺が来たのさ・・・。」
「そ、そうですか・・・(汗)。」

朝の一発目から皆に異常に気を使われております。
各フロアの工程を一通り説明し、人の割り振りをして工事開始です。まずは各階の天井から壊し始めました。せっかく来たのだから私も仕事をしようと思い、大きいバールで天井を壊していると私より少し年上の職人が走ってまいりました。

「神谷さ~ん!ちょっと、やめて下さいよぉ!」
「ん?どしたのよ?」
「仕事は自分達やりますから、ゆっくりしててくださいよ。」
「いいんだ、いいんだ。せっかく来たんだから働いてくよ、お前。たまに額に汗して働かないとバチ当たるからさ(笑)!」
「いやぁ~、でもぉ・・・。」
「俺が良いっつってんだから良いだろっ!」
「はぁ・・・(汗)。」

まぁ、やりづらかったんでしょうね(笑)。とりあえず、制止を振り切って仕事をしていた訳ですが、30分もしないうちに辛くなってまいりました。最初は軽いと思っていたバールがやけに重く感じ、真冬だというのに汗が出始めました。
「やっぱ、キツいなぁ~!」
「だから、もうやめて下さいよぉ~。」

そう言われてやめる訳にはいきません。こちらも段々意地になってまいります。しかし、キツい・・・。いくら久々とは言えこんなに疲れるとは思いもしませんでした。歳はとりたくないものであります・・・。そして建設現場で働く職人の皆様、本当にいつもご苦労様です。身をもってその大変さを思い出しました(笑)。

10時の休憩までにはもうフラフラになっておりました。若い者にジュースを買いに行かせ皆で一服しておりますと、元受の社長がやってまいりました。現場に入るなり私を見て固まっておりました。(アンタもかい・・・苦笑。)
「え~?神谷さん、何やってるんですか?」
「ん~、○○が飛んだっぽいんですよね。その代わりで来たのさ。」
「そ、そうですか・・・。んで、手伝ってるんですか(汗)?」
「そりゃあ、せっかく来たんだからさぁ(笑)。」
「そ、そうですか・・・。」
「5日間、終るまでいるからヨロシクね♪」
「は、はぁ・・・。」
この社長、工事が終るまで10時と3時には必ずジュースとお菓子を差し入れてくれました(笑)。

天井を半分位壊したあたりで「おや?」と思う事がありました。今時の建築物ではコンクリートに黄色い泡(カマキリの卵みたいなもの)状の『発砲ウレタン』という物が吹き付けてあるのですが、この建物では懐かしい『岩綿』のような物が出てきました。嫌ぁな予感がしました。
「なぁ、これアスベストじゃねぇ?」
「あぁ、アスベストですね。レベル1ですよこれ!」
「ん?レベル1って良いの?悪いの?」
「最悪です・・・(苦笑)」
「いつもどうしてんのよ、こういう時?」
「除去作業じゃないんで、このまま触らないようにしてやっちゃいましょう。」
「ふ~ん。あ、そう・・・(汗)」

怖ろしい話であります。アスベスト除去には高額の工賃が発生してしまいます。特別に除去作業を受注しない限り発見してもスルーしてしまうらしいのです。きっと世の中にはこんな建物がたくさんあるのだろうと思いました。私達全員、タオルで口と鼻を覆っている程度なので多少の粉塵は吸ってしまったと思います。私の場合、肺がんになってもアスベストの所為ではなく100%タバコの所為だと思います。なんせ、超ヘビースモーカーですから(笑)。

私がいた所為で皆変に緊張したのかわかりませんが、解体作業は急ピッチで進んでいきました。5日間で終らせる予定がこのままでは2日間で終りそうな勢いだったので、少しペースを落とすよう指示いたしました。初日は4時で終了し、次の日からは1時間おきに休憩、3時までに片付けを終らせ皆で一服してから解散、これを4日間続けて無理矢理5日間引っ張ったのです。ダラダラ工事のお陰でダウンせずに済みました(笑)。

実は私、10年ほど前まではよく建築現場に出ていたのです。私の会社では、一般木造建築、断熱工事、内装工事全般などを取り扱っておりました。私は内装のボード貼りが好きで、人が足りない時には喜んで自ら出動しておりました。名古屋駅のJRタワーにも人夫を連れて行った事がございます。春先なのに暑くて死ぬかと思いました・・・。


今回の事でつくづく感じましたが、やはり額に汗して働くのは良いものでございます。ヒルズでドンペリを呑んでいる阿呆共よりも現場で働く人達に金を持たせるべきだと思うのです。建築現場に限らず、広い意味での『現場』であります。

私の言う『現場』というのは、農・漁業の現場、あらゆる物の製造の現場、研究の現場、サービスの現場・・・etc、物事を生み出す最前線で働く人たちの事を意味します。資本主義の理屈はよく解かるのですが、抱える矛盾にも腹が立つのであります。やはり額に汗して現場で働く者には、それなりの高配当を付けてやるべきだと思うのです。

販売システムや流通システムが重要な事は分っていますが、物を作り生み出す人があってこその話であります。当初の目的を見失った投資だの株の売買などを生業としている者などは、私の中では論外であります。『現場』を大切にできる世の中になれば良いなぁ・・・、そんな事を改めて感じました。


一つ余談になりますが『佐川急便』という大手運送屋がございます。今はどうかわかりませんが、一昔前までは会社主催の宴会で実に面白い事をしておりました。宴会会場ではドライバーだけが席に座り、係長以上の役に就いている者は全員壁沿いに立っているのです。宴会がスタートすると社長や重役を筆頭に立っている役職者がドライバー達にビールや酒を注いでまわり延々と接待するのです。

日頃、重労働をこなすドライバーあってこその会社です・・・、そういう意味での宴会であります。事務職以外の役職者は全員ドライバーから出世した人なんですけどね。良い会社であります。世間では色々と言われ続けている会社ですが、実に良い会社だと思うのです。だからこそきっとあんなに大きな会社になったのでしょう。


冒頭で触れた若い者は、未だに連絡がとれません。あの野郎・・・。
しかし、久々に良い経験をさせてくれた事には感謝しております。
ちょっとしか怒らないから早く戻ってくれば良いのに・・・(笑)。


額に汗して働く・・・、人間の正しい姿であります。

先週、中学校時代の同期会のようなものがございました。
クラスに関係無く連絡のつく者に適当に声を掛け合って・・・、と言う至って軽~い企画であります。
何名か当日欠席があったものの19人も集まりました。

本来は昨年末に行う予定だったのですが、突然の竜巻災害により一人被害者が出て誰から言うともなく延期されておりました。今回の集まりでも半分の者がその事を知りませんでした。随分と遠い所で起きた事件なので、まさかそこに自分の友人がいるとは思わなかったのでしょう。

今回の同期会は、いつも仕事をサボッて私の家で油を売っているM山と私で言い出した企画であります。このM山君、中学校ではそこそこ仲が良かったのですが、遠かった所為もあり互いに家を行き来するほどの付き合いはしておりませんでした。2年前に偶然実家の近所で会ってから、ちょいちょい私の家に来るようになったのです。

私は、皆が忘れているようなくだらない事はハッキリと覚えているのですが、自分が興味ない人間の事は顔も名前も覚えていないのです(汗)。
「そういえば、この前○○に会ったわ!」
「誰だ、そいつ?」
「いやいやいや、中学ん時いたじゃん・・・(汗)。」
「はぁ~?居ねぇよ、そんなもん。聞いた事無え!」
「ひでぇなぁ・・・(汗)。」

しょっちゅうこんな会話をしておりました。
あまりにも記憶が無すぎて自信が無くなってきた私は、実家から卒業アルバムと学年文集を持って来たのです。M山と二人でそれを見ながら昔話をしている内に「ちょっと誰でも良いから面ぁ見てぇなぁ!」と言う話になったのであります。

何人かはたまに会うものの、どれだけ地元に残っているのかも良く分かりませんでした。東京をはじめ道外に散らばって行った者も数多くおります。私的にはM山を含め5~6人で居酒屋でも行ければ楽しいなぁ、なんて考えておりました。ところがM山君、今年になってから急にハリキリ出したのであります。

それこそ毎日のように電話を寄こすのです。
「○○って覚えてる?」
「△△が離婚して地元に帰ってるわ!」
「★★が◇◇に連絡してくれるってさ♪」
ハリキリ過ぎじゃないの?暇なの?仕事してる?
心配になります・・・(笑)。

M山の頑張りもあり当初は30人を越える勢いだったのです。しかし、まぁ皆家庭や仕事を抱える大人であります。スケジュールが合わずに19人の宴会になった訳でございます。19人になったとは言え、私としては予想外もいいとこであります。卒業以来会った事が無い奴も7人ほどおりました。その中に全く知らない奴も2人ほど・・・(汗)。

宴会は地元のマイナーな居酒屋で午後7時からスタートでした。
そんな夕方から宴会なんて嫌であります・・・。
1時間ほど遅れて行きました(汗)。
居酒屋に入り席に案内されると、実に懐かしい顔が並んでおりました。2人ほど知らない奴がおりましたが・・・。
遅刻したのに拍手で迎えられました(照)。

男12人、女5人、皆30代後半のオッサン&オバハンであります。懐かしさに浸る間も無く大爆笑してしまいました。いやぁ~歳月というのは恐ろしいものであります(笑)。一つだけ残念な事に男女共に不良仲間が一人も出席しておりませんでした。
行方知れずが多いようです・・・さすが我が中学(汗)。

高校の集まりでも感じた事ですが、私は同級生の中ではかなり『若い』ようであります。服装など見た目もありますが、会話の内容にも一切生活感が無いそうです(汗)。そりゃ嫁も子供も居ませんからね・・・。大体にして連絡先を交換するのに赤外線送受信を知らないような世代です。そんな奴らに『若い!』と褒められても素直に喜べませんでした・・・(苦笑)。

30後半にもなれば皆色々あるものです。離婚率1位の土地柄の名に恥じず19人中6人もバツが付いておりました。3割ですよ(笑)。思い出話が一段落すると、お決まりの愚痴大会であります。仕事の愚痴、家庭の愚痴、恋人の愚痴・・・etc。空腹だった私は「ふ~ん」とか「へ~」とか超適当な相槌を打ちながら食いに走っておりました。
最後に夕張メロンシャーベットを頂きました(笑)。

2次会も地元のカラオケBOXに行きました。カラオケBOXなんて10数年振りであります。思わず中でキョロキョロしてしまいました(笑)。ここでまた歳を痛感してしまいます。皆歌い辛そうにしている中、女チームの一人が無理をして倖田來未のバラード系の歌を歌ったのです。「誰の歌?」とかボソボソと聞こえてきます・・・、もうジジババであります。折角無理をして若い歌を選んだのに気持ちを汲んでやれよ・・・(苦笑)。

2曲目を私に歌えと言うのでハードルを下げてやろうと思いSEAMOのルパン・ザ・ファイヤーを入れました。余計な気遣いでした・・・、3人しか知りませんでした(汗)。そして誰かが尾崎豊を歌ってやっと「おお~~!」って皆様・・・、気持ちが歳を取ってしまったら本当に老け込みますよ。(ToT)
カラオケBOXの会計は一人2000円でお釣りがきました。
さんざん飲み食いしたのに驚きました!

夏までに人数を増やしてまた集まろうと約束し解散いたしました。なぜかこの歳になり、やたらと皆集まりたがります。寂しいのでしょうか・・・。きっとガキの頃の面子が集まると、その時間だけはガキの頃に戻ったような感覚があるのでしょう。皆昔を懐かしむ歳になったのですね。多少の小言はあるものの、実に楽しい時間を過ごしました(笑)。

最後に次の幹事は私がやるようにと皆に頼まれました。
「おうっ!わかったよ!」
・・・と言いつつまたM山にやらせます(笑)。
昔からそう・・・、私は何もやりません(笑)。


気持ちだけは若くありたいものですね。


私はガキの頃のままであります。

私が生活している繁華街から東に500メートルほど離れた所に、数件のラブホテルがございます。その一角に汚い2階建ての雑居ビルが2棟あるのです。黄色の集合看板が点いており、店の名前は全て女性の名前であります。地元でも知っている人は少ないのですが、そこは通称『赤線』・・・売春地帯なのです。

東京や名古屋の一部に売春婦がズラッと立って並んでいる地域がありますが、それとは違い皆形式上はスナックの形をとっております。雑居ビルとは言ってもプレハブに毛の生えたような粗末な建物であります。中に入ると真ん中が通路になっており、両サイドにガラスの引き戸(昔の商店のような戸)が並んでいます。一つの店の幅が2メートル位、その中に小さな3人掛けほどのカウンターがあり、お姉さん達が座っております。客は通路からお姉さん達を品定めして歩くのです。良く言えばオランダの『飾り窓地帯』の極小版のような所であります。

売春を生業にした一角であるにもかかわらず、なんとここにはヤクザが殆ど介入しておりません。昔からそうらしいので理由は一切わかりませんでした。何軒かの店は一応名前だけのケツ持ちがいるのですが、本当に名前だけでミカジメ料も無いようなのです。仕切っているのは各店のママ達、本当に『女の聖域』のようであります。不思議な事に警察もこの一角にはあまり介入しては来ないのです。

私も若い頃から「あの辺で売春をやっている。」というのを噂には聞いていたのですが、ほんの何年か前までは実態を知りませんでした。3年程前、以前街でヘルスに勤めていた娘から「相談があるんですけど、来て頂けませんか?」との連絡がありました。場所を訊いたら、なんとあの『赤線』だと言います。その一角の内情を知る者は意外なほどに少なく、謎に包まれている地域であります。興味半分、早速行く事になりました。

小汚い建物の中に入り真ん中の通路を歩いていくと、先にお話したようにガラス戸の列。4畳半程度の店の中が全て丸見えであります。お姉さん達の視線が集まり、戸を開けて声を掛けてきたり、笑顔で手を振ってきたりと客でも無いのに真っ赤になってしまいます。噂ではビックリするようなババァばかりと聞いていたのですが、実際には若い娘が多くて驚きました。呼ばれた店の看板は奥の方にありました。

店に入ると、私に連絡をよこした娘の他に若い娘が2人、そしてカウンターの中に50歳位のママがおりました。相談の中身は何の事はない、ママの個人的な『取立て』の件でした。仕事の話は早々に終ったのですが、この異様な外国のような雰囲気が面白くて2時間も呑んでしまいました。一応スナックなので呑む事もできるのです。まぁ、呑んで帰るだけの人間は少ないのですが(笑)。

後日、取立ては無事に終了したのですが、ママが私を気に入ったらしく色々な部分でお付き合い頂く事になりました。変な意味ではありません・・・(汗)。正月の注連縄(しめなわ)、ブランド物のコピー品、バイアグラの類・・・etc、色々な物を注文頂くようになったのです。そんなお付き合いを続けているうちに「保険証を貸してくれる女性はいないか?」という電話が来たのです。

「どしたのママ?」
「うちの娘で保険証作れない娘がいてね。病院行かせたいんだけど、どうにかならないかな?貸してくれた人にもお礼はするから・・・。」
「捜してみるけど、悪い事に使うなよ。」
「わかってます。大丈夫!」

保険証を届けに行った時にゆっくり話を聞くと、ここにいる娘達の半分以上の娘が色々な事情を抱えているとの事でした。山ほど借金を抱えていたり、家出中であったり、中には自分の素性を一切語らない娘もいるそうです。月に一度、全員に性病の検査や避妊薬をもらう為に病院に行かせているそうなのですが、たまに保険証を作れない娘が出てくるそうなのです。皆毎月同じ病院に通いすでに顔なじみ状態なので、内輪での保険証の貸し借りはまずいらしいのであります。

色々な事情がある・・・、まぁそりゃそうだろうなぁと思いました。
何の事情も無ければ黙ってソープランドで働けば良いのですから、敢えて非合法に身を落とす必要はございません。なのにここに居るという事は、なんらかの事情があると思って間違い無いのでしょう。

私は彼女達のしている事を一切否定いたしません。
それどころか立派に職業だと思っております。誰でもご存知のように『売春行為』はあきらかに違法であります。かと言って、世の中から売春が消えた事など1年だってありません。ソープが合法で売春が違法の意味がわかりません。需要と供給が成り立って、必要が故に存在するものはちゃんと認めてやるべきだと思っております。

自らのだらしなさから身を売るはめになった娘もいるでしょう。しかし、やむにやまれぬ事情から身を売っている娘もいる事でしょう。生きてりゃ人間色んな事情があるのです。周りからは理解されなくとも、それぞれ彼女達本人の中には立派に理由は存在していると思うのです。クソガキ共の援助交際などと同じ次元で考えた事はございません。クソガキ共に助けを求められても私は聞く耳を持たない事でしょう。

日本全国で考えると売春に係わっている人数は相当なものであると思います。外人なども含めると大変な数字になるのではないでしょうか。実際に存在し、根絶しなければならない理由も無い、ましてや根絶などできる訳が無い、ならばきちんと法で守ってやるべきだと思うのです。特に医療面はケアしてやらなければいけません。

わが街の『赤線』では、ママ達がしっかりと管理をしております。しかし、携帯電話などを利用して売春をしている者達はどうなのでしょう。性病や伝染病などの検査をしているのでしょうか。おそらくそんな面倒な事はしていないと思うのです。下手をすると病気を撒き散らしかねません。一刻も早く医療面での支援を考えるべきだと思います。

私は仕事柄、合法・非合法に関係なく『風俗』に携わる者達を多く知っております。その中には人として尊敬できる人間も多くいるものです。私は『赤線』にいる娘達が好きであります。月に一度位ウーロン茶を飲みに行くのですが、違う店の娘でも普通に挨拶をしてくれる事があります。

「あっ、ご苦労様ですっ(笑)♪」
どうやら私は女性の笑顔に弱いようであります(照)。
皆色々な境遇や背景があるのでしょうが、前向きに頑張ろうというエネルギーが感じられる娘達なのです。あの娘達を見ていると、ああ自分も頑張らなきゃいかんなぁと思うのです。常に良い影響をいただいております。

一度、ママの店全員を連れて焼肉を食いに行った事があります。綺麗な人なのですが、私より2歳上の姉やんがおりました。私も歯に衣を着せない男なので「いい歳こいて何でこんなとこに居んのよ?」と訊いた事があります。・・・失礼な男であります(汗)。
「子供達が卒業するまで、恥ずかしい思いはさせたくないのでっ(笑)♪」良い笑顔で答えてくれました。

詳しく聞くと旦那と別れ、3人の子供達を一人で育てているとの事でした。昼間は普通の会社に勤め、夜は『赤線』で働いているそうです。自分がかく恥などどうでもいいけれども、子供達だけには金銭的にも恥ずかしい思いはさせたくない・・・、笑顔でそう言っておりました。なんとも言えない気持ちになりました。

立派だとしか言いようがございません。簡単に親が子を殺し、子が親を殺す時代にあってこの生き様であります。正直、感動いたしました。銭があるのに給食費も払わないクズ親共に聞かせてやりたいものです。この人達に何かあれば飛んで行って助けてやろう・・・、そう思っております。

今では、ミカジメも取らずにケツを持っている組がある事にも納得がいきます。私もその内の一人であります。ママには、何かトラブルがあったらすぐに私の名前を出すように言ってあります。

法の陰で暮らす者達にも、心清い人間がたくさんいるものです。きっと世の中のどこかに矛盾があるのでしょう。何年か先に『赤線』の地域一帯に再開発の計画が浮上しております。あそこが無くなると困る人間がたくさんいる筈です。私にはどうする事もできませんが、無くなるその日まで温かく見守ろうと思っています。本当はどこかに受け皿を作ってやれれば良いのですが・・・。


世間では『売春婦』と蔑まれる事も多いと存じます。
しかし『赤線』には明るく前向きなエネルギーで溢れております。


『赤線』・・・強く明るく挫けない女性達が、自分達の力で作り出した尊敬すべき世界であります。

前回からの続きであります・・・。

フラフラと仕事もしていない訳ですから、どんどん手持ちの金が減っていきます。そんな折、ウェイター時代から顔見知りでそこそこ仲良くしていたヤクザのKさん(29歳)から良い話が舞い込みました。
「一緒に店をやらんか?」
投資は2:8で先方が8、上がりも2:8で先方が2。
「本当にそんな条件で良いならやりますわ♪」ほぼ即答でした。
私の他に男の従業員を2人雇い、仕事帰りのホステスのアフター先のような店を計画しておりました。

打ち合わせやら、顔合わせやらでちょいちょい集まっては皆で呑んでおりました。そこに「俺の兄弟分紹介するわ~!」と言ってKさんが連れて来たのが、なんと喧嘩を収めてくれたアノ怖い人だったのです。
「あの時は、すんませんでした・・・(照)」
「おぉ~!あのとんでもないガキかぁ(笑)!」
意外な再会でしたが、その時は気マズさが先行してあまり嬉しいとは思えませんでした(笑)。

かくしてこの怖い人は、店がオープンしてからも毎日のように通ってくれるようになったのですが、どうも私とはぎこちない関係が続きました。後に本人から聞いたのですが、人生を悟りきったようなイケ好かないガキだと思っていたそうです。その内、ブン殴ってやろうとも思っていたらしいです。ふ~~、危ない危ない・・・(汗)。

無事にオープンしたこの頃から、景気に陰りが見え始めました。ホステスや黒服連中からも給料不払いの相談をよくされるようになりました。Kさんの存在を知る客からは、回収の依頼も受けるようになったのです。『切り取り』は通常『取り半』であります。そんな率の良い仕事を私本人がやらない訳がございません。だって、給料を払わせるだけでその半分を貰えるのですから。Kさんには報告せず、勝手に取り立てを始めるようになりました。

無鉄砲な私には債権回収が向いていたらしく、何件も順調に上手く回収できたのです。私の歩く道には銭が付いてまわるんだなぁ、なんて馬鹿な事を思っておりました。それもつかの間、とあるクラブに取り立てに行った時、ケツ持ちが裏に待機していてまたもやグルッと囲まれてしまいました。
こんな話ばっかりですね・・・(汗)。

何か危険な事があったら自分の名前を出すように、と普段からKさんに言われておりました。しかし、実は私・・・ヤクザが大っ嫌いでした(笑)。Kさん個人は好きだったのですが、ヤクザ自体にはかなりの拒否反応を顕にしておりました。ですから、例え痛い目に遭ってもKさんの名前を出すつもりは毛頭無かったのであります。

偉そうなデブのオッサンが私の前にドカッと座りました。
「どこの若い衆よ?」
「ああ?堅気だコノヤロー!給料払えや!」(-。-)y-~~~~
周りの若い者達は既に皆殺気立っております。
「何だその態度は?殺すぞこのガキ!」
「いいからとっとと払えや!」(-。-)y-~~~~
・・・グッチャグチャのボッコボコにされました(汗)。

顔なんて見れたものでは無かったのですが、店を休むのが悔しかったのでその面で出勤してやりました。いつも通り遅い時間に例の怖い人がやって来て、ニタニタしながら訊いてきました。
「なしたのよ?その面(笑)♪」
「実はこんな事がありまして・・・(照)」
ざぁっと事情を掻い摘んで説明いたしました。
死ぬほど爆笑されました・・・(汗)。

「馬鹿だなぁお前、とっとと帰ってくりゃいいのに♪なんですぐに退かなかったのよ?」
「はぁ、取ってくるって約束したんで・・・」
「はははっ!大した馬鹿だ!(爆)」
馬鹿だと言って人の顔を見ては爆笑し、何分かおきにそれを繰り返しておりました。本当に嫌なオッサンです(怒)。あまりにもしつこく笑われるので、何だか私も可笑しくなってきました。笑いながらも酒を呑んでいますので、顔の腫れは一層酷くなりました・・・(T_T)。

朝方になり従業員を帰し、この人と二人きりになった時です。
「お前、俺と兄弟にならんか?」
(えっ?はぁ~?)・・・ビックリであります。( ̄□ ̄;)!
私は正直この人に憧れていましたが、てっきり嫌われているものだとばかり思っていました。しかし、「このクソガキがっ!」と言いつつも毎日のように顔を出してくれていたのも事実です。実は結構気にしていてくれたようなのです。
とても嬉しかったのを覚えております。

「お願いしますっ!」・・・ほぼ即答でした。
誰もいない店のカウンターで、中身が何だかも覚えていないような安焼酎で乾杯いたしました。私達の兄弟盃です。ひとまわり歳が違い、本来であれば親と子の盃でもおかしくはないのに破格の舎弟で迎えてくれました。
そう、この怖くて格好良いオッサンが私の唯一人の兄貴分でございます。未だに気合いの入った恐ろしい男であります(汗)。

決してヤクザに憧れていた訳ではございません。
むしろ嫌いでしたから・・・。
ただ、この人との出会いだけでこの世界に入る事になりました。


今でも、このオッサンが大好きであります(笑)。


バブルが崩壊し始め、日本中で小さな抗争が頻繁に起こっておりました。私達の街もその例外では無く、発砲事件が頻発しておりました。


時代が急激に動いていた、そんな時期の思い出話であります。

リンクを2つ追加させて頂きました。

【愛國】ハゲリーマンの【憂國】日記

姐さんのつぶやき日記

どちらも私が、毎日楽しみにチェックしているブログであります。
是非、お時間がありましたらお読み頂きたいと思っております。


『姐さんのつぶやき日記』でバブル崩壊直後のお話が記事になっておりました。あの当時を過ごされた方は或る意味で共通の記憶をお持ちと思いますが、本当に激動の時代であったと思うのです。私はバブル末期に繁華街にデビューしており、キチガイじみた好景気を多少体感しております。ほんの一部の業界だけが儲かっている近年のITバブルとは違い、世の中全体に金が溢れている、そんな時代でした。

建築業や不動産業は従業員までもが潤い、銀行員や公務員までもが浮かれておりました。当然、繁華街では毎晩巨額の金が飛び交い、連日お祭り騒ぎのようなものでした。何でもかんでも経費で落とせたので、皆様自腹で呑んでる風には見えませんでしたが、実際はどうだったのでしょう。ナイトクラブの新人ウェイターからスタートした私は、自分の仕事で一杯一杯であります。

その頃の私はと言いますと、何件かの店を好条件で転々とグレードアップしていき、一気にバブルの波に乗る事になります。上場企業の会長の目に留まり、少しの間東京に身を置く事になったのです。上場企業と言っても『ねずみ講』チックな会社だったのですが・・・。その会社は今でも東証一部に名を連ね、ネットワークビジネス界では10指に数えられております。

上京当初は30万位だった給料も翌月には100万を超え、一番良い時には300万以上の月給を貰いました。当時、池袋にショークラブ(ちょっと高級なキャバクラ)というものが登場し、毎晩そこで銭をブチ撒いておりました。貯金など考えた事も無く、ただの阿呆な成金のクソガキでした(笑)。19歳の頃の話でございます。

10代で既に腐っている私を快く思う者などいる訳もなく、数多くの陰湿な嫌がらせを受けました。会長の肝いりで入った私に、幹部社員も会長の取り巻き達も皆否定的だったのです。まぁ、当然であります。今の私も、あの頃の自分のようなガキに出会ったら、迷う事無くブッ飛ばしているでしょう(笑)。自分の能力を過信し天狗になった私は、自分を責める事も無く、何の我慢をする事も無く、ただただ不満を外に向けておりました。

「どいつもこいつも俺の足を引っ張る事ばかり考えやがって!こんなトコに居てやる必要なんか無ぇっ!」
あっさり会社を辞めて、地元に帰ってまいりました。東京滞在はたったの8ヶ月、ただのクソガキであります。あの時、改心して我慢して会社に残っていればなぁ・・・、なんて思う事も時々ございます。
なんせ大きな会社ですから・・・(笑)。
ポケベルがやっと普及し始め、携帯電話は肩から提げる馬鹿デカイ箱のような時代の話であります。

ほどなくして、また繁華街をフラつく事になりました。毎日、毎日、酒に酔っては喧嘩ばかりしておりました。当時、酔い過ぎると視界に入る人間が全て敵に見えていたようです。我ながら人様にご迷惑をおかけしました。そんな或る時、つい客引きを殴ってしまったのであります。これが実に面倒臭い事なのです。客引きには妙な連帯感があり、そこら辺には奴らの仲間がゴロゴロとおります。
そして、必ずケツ持ちが付いているのです。

気が付くと、あっと言う間に10人以上の客引き共に囲まれていました。(こんな奴らにやられんのも癪だなぁ。でもこの人数だからしゃあないか。)・・・、と思いつつも戦意を喪失する事も無く、一人でも多く倒してからやられてやろうと大暴れしておりました。
「やめろ、やめろ。コラ!やめろっ!」
低い声で客引きの頭を叩きながら輪の中に入ってくる男がいました。歳は30位、背は私と同じ170位、細身で結構格好良いオッサンでした。

「一人相手に何してんだ、お前ら。ガキだろこれ!」
低い声でゆ~っくりと話す人でした。
「うるせぇな、オッサン!止めんなや、コラ!」
本物の阿呆ですよね、私・・・。
「なにぃ~?」
・・・と言って、グッと一睨みされたのですが、正直殺されるかと思いました(汗)。十人以上の客引きには何とも思わなかったのですが、この人には今まで感じた事の無い畏怖を感じたのです。

とりあえずその場は一発で収まり、その人にお詫びを言いました。
「すんませんでしたっ。」
「おうっ!なんもだぁ。(笑)」
やっぱり街には凄い人がいるもんだなぁ、と痛感いたしました。本当に自分は無敵だと思っていたので、ただただ呆然と見送っていたのを覚えております。まぁ、所詮本物の阿呆でございます・・・。


まだまだ続きますので次回に持ち越したいと思います。

・・・つづく

年号が平成になったばかりの頃、300人位のキャパの洋風居酒屋で働いておりました。ホール・厨房ともに従業員数も多く、当時としてはそこそこの規模の店だったと思います。私達の世代であれば大抵一度や二度は行った事がある・・・、そんな有名な店でした。

当時、歳は18でしたが既に水商売を転々としており、好条件で引き抜かれてきたのであります。店長、マネージャー(料理長)、主任、と役職がありまして、私はこの会社では主任として迎えられておりました。年中無休で午後5時から午前1時まで営業しているのですが、平日だと11時位にはピークを過ぎて一段落と言った感じでした。

その日、私はレジを打ち続けてウンザリしておりました。レジは体を動かせないのであまり好きではなかったのです。時計は11時をまわりやっと一段落ついた頃、バイトの子をレジに立たせて散歩がてら店内をグルッと一周しに行きました。

「HEY! Excuse me!」
(はぁ?何言っちゃってんだ、コノ野郎?)と思い振り向くと、テーブル席に50過ぎと思われる日本人と白人の紳士が座っておりました。いつの間にご案内したのでしょう。レジに夢中で入店に気が付きませんでした。外人なんか珍しいのに・・・(汗)。
「はい、何か?」
「ビール2つと、コレとコレ追加!」
注文は日本紳士の方がしてくれました(笑)。

注文をしてくれたお客様には、一言二言声をかけるよう心がけていたので何気なく「アメリカの方ですか?」と聞いてみたのです。日本紳士が「そうなんだよ。古い友達でわざわざ会いに来てくれたんだよ!」と嬉しそうに答えてくれました。すると米国紳士が「◎×※△・・・、#★@※○・・・?」・・・、オォウッ(°°;)。
日本紳士の通訳によると『何で君だけ制服が違うんだい?』との事でした。「はぁ、私主任なので。」

『オー!君はまだ若いんじゃないのかい?』
「ええ、18歳です。」
『こんな大きな店で、それは凄いね。』
「ありがとうございます。」
『日本のイメージが変わったよ!』
「そうですか・・・。」

日本紳士の通訳を介して、こんな会話が成立しました。日本のイメージ?何か変な印象を与えてしまったのかなぁ・・・、なんて考えておりました。会計が終わった後、軽い社交辞令で「ありがとうございました。是非、またいらして下さい!」言うと紳士たちは私と堅い握手をして上機嫌で帰っていきました。

次の日の11時頃、忙しいピークを超えたので厨房で※賄いを頂いておりました。するとバイトが慌ててやって来て「昨日の外人さんが一人で来て、主任を呼んでくれって言ってます。多分・・・。」
「え~~~!?」( ̄□ ̄;)!!
(外人に社交辞令って本当に通じないのか?一人って・・・、通訳のジェントルメンもいねぇのか?どうすんのよ?どうすんのよ、俺?)

  ※賄い(マカナい)・・・従業員用の食事の事です。

まぁ、本当に来てしまったものは仕方がありません。彼が悪いのでは無く、安易に社交辞令を言った私が悪いのです。開き直って日本語で通そうと思いました・・・(汗)。
「ああ、どうも!いらっしゃいませ!」
「◎×※△・・・、#★@※○♪」・・・、なんか喜んでます(汗)。
そして、私にここに座って一緒に呑め!と言っているようであります。多分・・・。居酒屋ですよ・・・。そんなサービスはやっていませんよ・・・。しかし、断る英語がわかりません。

もし私が一人で居酒屋に行き、バイトのお姉ちゃんに「ここに座れ!」と言ったらどうでしょう。軽く伝説になりそうです・・・。いくら文化が違うと言っても、このオッサンはそれを堂々とやっております。大したものであります。『よ~し!とことん付き合ってやろう!』と思いました。ここから、身振り手振りの会話が始まりました。

不思議な事にマンツーで話をしておりますと、相手の言わんとしている事が何となく解ってまいります。『君の勧める物を注文するよ!』だとか『日本のアレが美味かった!』なんて話をしておりました。解りづらい話でも紙に書けば、結構互いに解るもので驚きました。

段々とコミュニケーションがとれてきて、笑いが増えてきた頃に『君はきっと成功するよ!』という事を言われました。
「どうしてですか?」
『だってその若さでこんなに大きなレストランの責任者だろ!』
「日本では飲食業の地位はそんなに高くないんですよ。」
『違う職業に就いても同じだよ。君はうまくいく!』
「でも学歴も無いし・・・。」
『私だって高卒だよ(爆)』

高らかに笑うと彼は自分の名刺を出しました。ロサンジェルスの、日本で言えば地方銀行の頭取でした(驚)。普通のサラリーマンの家に生まれ、皿洗いもやったし、バーで働いた事もあると言っておりました。さすがアメリカンドリームですね。

『一つ良い言葉を教えるよ。Take it easy! 』
「どういう意味ですか?」
『何でもできるって事さ。辛い時でもTake it easy! 勝負に勝った時でもTake it easy! どんな時でもTake it easy! 魔法の言葉さ。私の一番大切な言葉だよ。』

『日本がダメならいつでも来なさい。言葉は向こうで覚えれば良いから心配はいらないよ。大丈夫、君は絶対うまくいく。Take it easy! 』
そう言うと彼は名刺に自宅の住所と電話番号を書き足してくれました。お互いに片言同士、たったこれだけの会話をするのに3時間もかかってしまいました。時間外営業です・・・。そして、また堅い握手をして帰っていきました。

名刺は一応保管しましたが、どうせ酔ったノリで置いていったのだと思っておりました。後日、最初に来た時の日本紳士が奥様と二人で店にやってきたのです。
「もしいつか、本当にアメリカに行こうと思うのなら私に連絡を下さい。手助けをするように彼から頼まれましたので(笑)。」と言って連絡先を教えてくれました。どこまでが本気でどこまでがノリだったのでしょう。未だによく解りません・・・。

頂いた名刺は今でも大切に保管しております。
良い想い出として・・・(笑)。
【SECURITY PACIFIC NATIONAL BANK】
PRESIDENT    ROBERT.D.REINHOLD


これで私が大成功していれば映画のようで格好良いのですが、現実はそう上手くはいかないようであります(笑)。


『大丈夫!大丈夫!楽勝!楽勝!きっと上手く行くさ♪』
多分そんな意味の言葉であります。

  【 Take it easy! 】

魔法の言葉だそうです。(^-^)

カレンダー
03 2017/04 05
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
最新記事
(05/07)
(03/22)
(08/02)
(07/21)
(07/13)
プロフィール
HN:
神谷 仁
性別:
男性
自己紹介:
生息地:北国の繁華街
趣 味:釣り・料理
好 物:寿司・そば
口 癖:生き様が悪りぃ
 敵 :嘘つき・警察
最新コメント
[05/11 二代目弥右衛門]
[05/08 とっつぁんボーヤ]
[04/29 まろん]
[03/26 二代目弥右衛門]
[03/22 とら]
ブログ内検索
最古記事
(09/15)
(09/15)
(09/15)
(09/16)
(09/18)
最新トラックバック
バーコード
忍者ブログ [PR]
○photo by hanamaru.○
Powered by SHINOBI.JP